真の名言
私は、名演説といったものはほとんど憶えていない。
演説というものは、記憶に残るようなものにしようという作為がある。だからかえって、本当に鮮やかな記憶にはならない。
例えば、米国大統領の就任演説はどれも名演説らしいが、超一流の専門家が関与するそれらの演説は、私にはどれも嘘っぽく感じる。
J.F.ケネディの大統領就任演説の中の言葉、「国が諸君の為に何をするかを考えるな。諸君が国の為に何が出来るか考えろ」とか、「軍備は十分であってこそ使用されない」という言葉は、何度も目にするが故に憶えてしまったが、私の心には全く響かない。
本当に深く記憶に残った言葉というのは、たまたま目にしたり、たまたま耳にしたようなものだ。
また、敢えて、名言、名演説を求めようという気はない。それもまた作為であり、作為は本物ではない。
大相撲の横綱白鵬の連勝記録がマスコミの話題になっているが、勝利にも色々な形があると思う。
野球では、選手個人に関して、投手以外には正規の連勝はないが、連続安打記録とか、連続試合出場といったものも、1つの連勝と言えるだろう。
米大リーグにおいて、最も偉大な記録は、ジョー・ディマジオの56試合連続安打だと言う意見も多いようだ。
スポーツの世界では、連続試合出場というのも偉大な記録とされるが、連続でなくても、長く続けることで達成される大記録といったものもある。
ただ、それと同時に、大選手の引き際という難しさというものもある。記録にこだわって引退を引き伸ばすと、かえって晩節を汚すことになる。しかし、サッカーの三浦知良選手は、別に記録のためにやっているのではなく、記録が生まれることがあっても、それは本当にたまたまと考えているように思える。そういったところにも、彼が愛される理由があるように感じる。
ところで、引き際ということについて、昔、アントニオ猪木さんが、何かの時にたまたま言ったらしいことを私はよく憶えている。「力があるうちにやめるのはカッコいいですが、マットの埃をいやというほど舐めさせられてやめるというのもありかなと思う」といったようなものだったと思う。
長く続けられるというのは、「マットの埃をいやというほど舐めさせられる」時を引き伸ばす秘訣を持っていることと言える。スポーツに限らず、何かを長く続けられる人は皆そうだ。これほど大切なことはない。
プロレスで74歳まで現役を続け、連勝記録も他を圧倒する936連勝を持つルー・テーズが、特に名言というのではないが、著書に書いていた一言が、やはり私は印象深く憶えている。「何か技を1つと言われたら、ダブル・リストロック」というのがそれだ。一見地味な関節技だが、テーズはこの技に何度助けられたか分からないと言う。彼は、少年時代に、偉大なレスラーであったジョージ・トラゴスに教わったこの技のおかげで、長く栄光ある選手生活を送れたのだろう。
「何か1つ」というのは大いなる秘訣だと思う。イチローの「数字を何か1つと言うなら200本安打」とか、ビル・ゲイツが「私がソフトウェアで実績を1つあげるなら8080BASIC」と言うように、何か1つへのこだわりが力になる。
新渡戸稲造の「武士道」にも、新渡戸稲造が、毎日何かを続けることの威力を語っているが、どんな世界に目を向けても、知られているかどうかの違いはあるが、大きなことを成し遂げた者には、何か1つというものがあるように思う。一見、大したことであるかどうかは重要ではない。日産自動車で16年連続世界一のセールス記録を持っている奥城良治さんは、販売数そのものより、1日百件訪問にこだわり続けた。まあ、1日百件訪問というのは、経験者としも言えるが、1日でも大変なものである。
個人的には、スポーツの記録や、ものを売ることにあまり興味は無いのだが、学ぶべきことは学んでおいた方が良いのだろう。
【強豪セールスの秘密】 下手に熱意ある者が読むと、かえって道を誤る可能性がある。それほどの本である。 | |
【鉄人ルー・テーズ自伝】 「地上最強の鉄人」と言われるテーズは、意外に普通の男のように感じる。 そして、貧しくて高校にも行けずに靴職人になるなど、決して恵まれたスタートではなかった。また、自分では素質的にも大したものではなかったと言う。よって、普通の人にとっても、参考になるところが多いように思う。 |
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