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2010.09.02

愛と憎しみは同じものだ

児童ポルノ規制に対する条例改正案では、絵や漫画に関する話がやたら多いように感じる。現代人は活字を読まないと踏んで(見積もって)のことなのだろうか?私には、実質的に文章の力の方がずっと大きいと思えてならない。言葉は潜在意識にまで潜入し、人間自体を根本から変えてしまうことがある。
そこから考えると、児童ポルノ規制の改正法案の趣旨から言えば、ウラジミール・ナボコフの「ロリータ」は出版禁止だろう。まあ、実際、色々な国で出版禁止になったことがあるようだが、それが正しかったかどうか考え直すことにも意味があるかもしれない。
「ロリータ」には、少女の性的描写は数多いが、超一流の作家の手による表現の力は、読み手にもよると思うが、単に上手い絵や漫画どころではない。

ところで、私は、「ロリータ」は高校生の時に興味本位で読んだが、そういった性的な部分とは全く異なる箇所が最も印象に残った。
それは、ロリータ(ドローレスの愛称)の母親のヘイズ夫人の話で、ロリータが1歳位の時、ベビーベッドからおもちゃを落としては私(母親)に拾わせて喜んでいたというところだ。つまり、それほど、ロリータは生まれつきの性悪であると言いたがっていたのである。
普通に考えると、赤ん坊にそんな意図があるはずがない。
ヘイズ夫人は、自分の子供であるロリータを憎んでいたのだろう。そんな母親は少なくはない。
そして、ヘイズ夫人の望み通り、ロリータは歪んだ精神の持ち主に成長するのである。

「ロリータ」を読んでから、飯田史彦さんの「生きがいの創造」を読むと、ロリータと母親は前世で憎み合っていた者同士が親子になったのだと思ってしまうほどである。
また、内海康満さんの「霊止乃道(ひとのみち)」の中にある話で、子供に手を焼いている母親がいたのだが、内海さんがその子供(男の子)に、「お前はこの人(母親)に復讐するために生まれてきたのだろう?」と言うと、その子が「見透かされたか」という不気味な顔をするというものがある。
あなたも、自分の親や子供、あるいは、兄弟姉妹を見て、そう感じたことがあるかもしれない。
だが、仮に、もしそうであったとしても、そのまま憎み合い続ける限り、来世もその次の生でも、醜く苦しい憎み合いを続けることになるのだろう。

ロリータは母親を愛していなかったのだろうか?
逆に、ヘイズ夫人はロリータを愛していなかったのだろうか?
小説を読む限り、それはほとんど感じられない。
もちろん、ハンバート(小説の主人公である性的倒錯者の中年男性)とロリータの間にもない。
だが、「アイアムザット」という本にこんな話がある。ある母親は、子供がどうしようもない負担で、ひとかけらの愛も示さなかった。子供はこの母親から、「ママを愛しているなら死んで頂戴。それが出来ないなら、ママを愛していないということよ」という無言の責めを受けながら育った。その子は、成長し、著名な産婦人科医になって、インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジを訪ねた。マハラジは「あなたは母親を愛しているのだ」と言う。「しかし、母親から愛を受けたことはないのです」と言われても、マハラジは、「それでも、母親への愛を止められなかったのだ」と答えた。

別に、奇妙な哲学でも禅問答でもなく、憎しみと愛が同じものであることは真実だ。

愛よりももっと深く愛していたよおまえを
憎しみもかなわぬほどに憎んでいたよおまえを
これは、萩尾望都さんの僅か15ページの傑作漫画「半神」で、双子の妹ユーシーへのユージーの言葉である。

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