最大の恐怖は死ではない
演技力があれば、「あなたには不安がありますね」と初めに言えば、占い師でやっていけるかもしれない。
不安のない人間などいないからだ。
なぜ我々は、いわく言いがたい(説明しようのない)不安を抱えているのだろうか?
それは、何かの恐怖感を持っているからに違いない。
人間最大の恐怖は死だと思われているかもしれないが、実は違う。人間は、死そのものではなく、自我の消滅を恐れているのだ。
それは、こう考えれば分かる。肉体が消滅して魂が残るのと、魂が消滅して肉体が残るのと、どちらかを選ぶとしたら、間違いなく、魂が残る方を選ぶはずだ。魂を自我だと思っているからだ。
そして、人間が常に不安なのは、自我とは不安定なもの、つまり、常に崩壊の危機に晒されているからだ。
なぜそうなのかというと、自我というものは、確固たる基盤はなく、ただ、関係性で構築されているからだ。
フロイトは、自我は幻想だと言ったが、それほどあやふやなものであることは確かだ。
自我は、肌の色、住む家、食べるもの、家族との関係、友人、通う学校、仕事、その他、あらゆるものとの関係で成り立っている。その中で、母親との関係性が自我を構築するための根本的な構成要素だ。
だから、母親との関係の薄い人は、自我が不安定だ。それは、その人にとって恐ろしいことなので、自我を強化するために、別のもので補完をしようとする。子供であれば様々なヒーローや、神秘な物語に夢中になったりする。成長するにつれ、武道に憧れたり、ピストルやナイフのような武器に強く惹かれることもあるし、オカルトに傾倒したり、熱心に宗教を信仰する人も多い。俗に言う変わり者には、母親との縁の薄い人や、母親に愛情を注がれなかった人が多い。自我の構成要素の中で最も大きなはずの母親の部分を別のもので埋めているのだから当然である。
特に、日本人は母親の影響が大きいのだから、日本では、母親との縁の薄い人は致命的なまでの変わり者扱いをされる。戦争で死ぬ時、「お母さん!」と叫ぶのは日本人くらいらしいし、乙女が泣きながら「お母さん!」と叫ぶのを可愛いと思うのも日本人くらいだ。
ただ、母親が自我の構築に大きく関与するのは、人間である限り同じで、「母をたずねて3千里」のような物語はどこの国にもある。たとえ立派な大人になっても、母親の顔を知らない人が、なぜか、母親に会いたがるのは、自我の中に母親の締める大きさがいかに大きいかを感じさせる。
おそらく、キリスト教で、信教を自由に選べる立場にあれば、母親との縁の薄い人は、聖母マリアを重要視する教派を選択するか、逆に、マリアのためにキリスト教に反発するかだと思う。
さて、母親というものもひっくるめ、自我の崩壊を恐れることに原因する不安を消すにはどうすれば良いだろう?
普通は、それは不可能で、人間は一生、不安を引きずる。
だが、注目すべきことがある。
それは、自殺をする瞬間に神秘体験をして、生まれ変わることがあるということだ。かのコリン・ウィルソンが世界的な思想家になったきっかけが、まさに青酸カリでの自殺未遂からであったのだ。
自殺とは、自我の消失を自分で引き起こすことであり、自殺に大きな勇気が必要なのは、人間最大の恐怖である自我の消滅を自ら選ぶのだから当然である。いわゆる、「死んだ気になれば何でもできる」の正しい根拠はこれだ。
あるいは、自我を完全に打ちのめされたり、ついに死を受け入れたという時に神秘体験を引き起こすこともある。
昔、無敵のプロボクシング世界ヘビー級王者ジョージ・フォアマンが、モハメド・アリにまさかのKO負けをし、茫然自失した後、神を見て熱心なクリスチャンになったのはそのためだ。
ただ、予想される通り、それは危険なことでもある。
自我を中途半端に破壊すると、最大の恐怖が残り、最悪、発狂する。自殺の場合、下手に恐怖に打ち勝つと、そのまま死んでしまう。
上にあげた、自我の消失で「悟りを開いた」人は、運が良かったというか、それまでの積み重ねがあったのだ。
自我の自主的な抹殺は、正しく行う必要がある。
まず、母親との縁が薄くて、人工的な自我でも良いから、いったん、自我を強く構築しないと、うまく完全に壊れてくれない。
未熟な自我で本格的な修行をする者が常に悲惨な結果になるのはよく知られていると思う。
日本の最高の文豪達・・・芥川や三島等は皆、母親との縁が薄い。彼らは自力で超人的自我を築いたが、その破壊に失敗し、自殺することになってしまった。
至道無難という有名な禅僧の言う、「生きながら死人となり、思いのままに生きる」ことができなかった。イエスの言う、「死に切ることで死に打ち勝つ」ことが分からなかった。天才的に賢い彼らすらそうだった。
だが、我々は、そんな失敗をすべきでない。
今回は、いったんここで切り上げる。
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Comments
Kayさん
毎日Blogの更新ありがとうございます。
大変参考になります。
私自身が両親との関係で自我をうまくつくれずにきました。いつも自分の自我をどのように構築してよいか分からず、悩んみ、欝になることも多かったです。ですので、今回のトピックは非常に気になります。
明日の投稿に期待しています。
Posted by: 読者 | 2010.08.17 05:50 PM
★読者さん
明日、直接の続きを書くわけではありませんが、全て関連しているつもりです。
ご希望でもあればどうぞ。必ずしも応じるとは限りませんが、人の意見も聞きたいと思っています。
Posted by: Kay | 2010.08.17 10:45 PM