« 聖なる無関心 | Main | 自らの正義を貫け »

2010.06.26

世間とは何か

全ての人間に与えられるのが世間だ。
家族も1つの世間だし、地域や学校もそうだ。
そして、社会や国家といった、より大きな世間がそれを取り囲む。

人間である我々の使命とは、世間を打ち破り、それを超えることなのだ。
優れた文学は、全て、このことを描いている。例外は1つもない。
もちろん、直接的に表現しているものや、婉曲に示唆しているものもあるのだけれど、そのことを描いていない名作文学は存在しない。
もっとも分かりやすいもので思いつくのは、なんといっても、「かもめのジョナサン」(リチャード・バック)や「異邦人」(アルベール・カミュ)、「星の王子様」(サン・テグジュペリ)だ。

家族、学校、社会、国家といった世間は、個人を取り込もうとする。恐ろしく強力に。
人は、成長する中で、家族から学校、学校から社会、そして国家と、次々により大きな、より馴染みのない世間に向かい、これに飲み込まれる。ほとんど抵抗できずに、世間の機能として、栄養分として吸収同化させられる。
世間を打ち破り、それを超えて高く飛ぶことができる者は滅多にいない。
「アルプスの少女ハイジ」に出てきたおじいさんは、世間に背を向けてはいたが、超えてはいなかった。反発することもまた、同化の一種なのだ。本当に世間を超えていれば、普通の人が見て分かるものではない。

引きこもりというのは、一応は世間への吸収同化は免れている。しかし、家族という小さな世間には取り込まれており、その家族は完全に世間に取り込まれている。つまり、結局のところ、二重の強固な牢獄にいるのであり、より状況は悪く、苦しいのである。
引きこもりは、まずは家族という世間を打ち破る必要がある。それができないと、いくら本を読んでも何の役にも立たない。
つまるところ、引きこもりというのは、このように、二重構造の世間に拘束された存在なのである。ライオンから助けてもらうかわりに、ハイエナに喰われるようなものだ。
だが、引きこもりというのは面白い点もある。ハイエナを相手にせず、ライオンを倒せるかもしれない。その可能性はほとんど絶望的だが、それを成し遂げれば英雄である。

現代の、特に日本人は、完全に世間に吸収同化された人間ばかりになってきた。
ちょうど、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」のカオナシ(仮面男)が、そのあたりの状況を描いていた。
人の欲しがるものを出し、人がそれに手を出せば喰ってしまう。我々はカオナシに喰われてしまったのだ。
カオナシに飲み込まれないためには、良さそうなものを差し出されても欲しがらないことだし、一度飲み込まれたら、それを手放すことで解放されるしかない。

ところで、興味深いのは、家族や学校、社会、国家といった世間は傲慢な怪物だが、地域という世間は、必ずしもそうではなかった。慈悲深い近所のおじさんやおばさん、あるいは、おじいさんやおばあさん、お兄さんやお姉さんがかつてはいたものだ。
それで、学校という世間は、子供たちを拘束し、地域からなるべく引き離すようにした。そして、いまや、「隣近所は赤の他人」となっている。尚、一般社会より恐ろしい地域というものが存在する場合もあることを付け加えておく。

あらゆる世間を超えることが悟りなのである。
「荘子」には、世間を打ち破った者を、世俗にあって世俗を超越した者と書かれているし、イエスは、「私は世に勝った」と宣言した。
我々もそうでないといけない。
世間が、ほとんど全ての人を強力に飲み込んでしまった今となっては、滅びは避けられない。それが最初からの決まりだったのだ。

世間を超えるための3冊

↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

|

« 聖なる無関心 | Main | 自らの正義を貫け »

Comments

いつもこのブログに励まされ、学ばせていただいております。

23歳の息子が引きこもっています。

私たちハイエナを相手にせず、ライオンを倒してほしい!と願います。

そして、私は「この事が私にとって気にとめることだろうか?」と常に自分に問いつつ、この幻想世界を楽しんで生きてゆきたいです。
できれば、優しい心で・・・。

ありがとうございました。

Posted by: セルリン | 2010.06.26 10:20 AM

★セルリンさん
私も長く引きこもっていましたし、引きこもり気質はおそらく一生治らないと思います。
なるようにしかなりませんが、なるようにしかならないと諦めてしまえば、なるようにはなるのだと思います。
私の親戚にも、ひきこもりはやたら多いのですが、全く心配していません。
「これでいいのだ」なのだと思います。

Posted by: Kay | 2010.06.26 10:30 PM

「これでいいのだ」は、最近、私自身の合言葉にしていたので、びっくり!うれしいです。

息子は、まだ若いので、ひたすら自己啓発本を読み(マーフィーも)世間での一発逆転を目指しています。
いつかKayさんのように悟り、自分の生きる道を見つけてほしいと思います。

正木さんの言われたように、全てを受け入れ(あきらめた上で)・・・神様に奇跡を祈り、信じて・・お任せしてゆきたい、と思っています。

でも、私は、彼のおかげで、人生観が大きく変わり、自由に生きられるようになりました。有り難いです。
これでいいのでしょう。

ありがとうございました。

Posted by: セルリン | 2010.06.27 09:19 PM

★セルリンさん
私は、マーフィーの「あなたも幸せになれる」(文庫版では、「努力嫌いの成功法」)1冊読んで、一応は引きこもりを脱しました。
なにごとも、自分に起こることは受け入れるのが良いのでしょうね。こちらこそ、ありがとうございます。

Posted by: Kay | 2010.06.27 09:47 PM

家族・国家・学校というものが、ここ最近つくりだされた概念である。ということを、わかりやすく書かれた本を知っていたら、教えてもらえますか?
社会学者の小熊英二氏が専門にしているということは四っているのですが、難しかったので・・・

Posted by: ZEN | 2010.07.04 07:37 PM

★ZENさん
ここ最近ということはないと思います。
特に一冊の本、一人の著者というものではないと思います。

Posted by: Kay | 2010.07.04 09:02 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 世間とは何か:

« 聖なる無関心 | Main | 自らの正義を貫け »

May 2019
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

Recent Trackbacks