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2010.06.07

7つの星の所有者

荘子は、船を盗まれないかと心配する者に、「天下の中に天下を隠せば盗まれることなどない」と言うが、これは難解かもしれない。
私なら、「盗人も含めて全て私のものだ」と言う。
では、盗人に対して「返せよ」と言う権威が無いことを恐れるのだろうか?
盗まれたわけではない。盗ませたのだ。権威をもって盗ませた訳ならあるのだろう。

エマーソンは言った。「私は世界の所有者」であると。星も季節も全て私のものだと。
シーザーの手腕も、プラトンの頭脳も自分のものであると。

人は損をすることを嫌がる。特に現代の日本人は極端だ。
損とは、自分のものであるはずのものが他人のものになることなのだろう。多分。
しかし、他人のものであるはずのものが、たまたま自分のものになることを得と言い、それは嫌わない。不思議なものだ。
しかし、良いものも、それを奪う他人も全て自分のものだ。
それは練習しないと分からないかもしれない。
美味しい肉は自分のものだが、同じく自分のものである人間共に譲ってみれば良い。
電車の席も人間に譲ってしまえば良い。人間共も、そして電車も自分のものだ。

死の床にある者に誰かが聞いた。
「死ぬのは嫌かね?」
「いいえ」
「神の思し召しだからか?」
「いいえ」
彼のその後の説明自体に意味はないが、彼は、自分は神に限りなく近付く瞬間があると言ったような気がする。
きっと、死も自分のものであることを知っていたのだろう。

小智ということになるが、損を恐れなければ、案外に損をしないことを昔の人は知っていた。
そんな人はいつもあせらず、のんびりしていて、どっしりと落ち着いている。
だが、現在の日本人は、そんな小さな知恵ですら忘れてしまい、あくせくしながらいつでも大損をして嘆くのだ。
大昔のギリシャ人は、アテナの知恵、アポローンの理性、アルテミスの澄んだ意識に憧れ、それは強いものだった。

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