この世の地獄に勝つ
永遠に繰り返される苦しみを地獄の責め苦とか言う。
ギリシャ神話のタンタロスという男の刑罰も悲惨だ。彼は泉の中にいるのだが、水を飲もうとすると水が引き、岸辺に実る美味しそうな果物に手を伸ばすと、それがあっという間に遠くに行ってしまう。
飢えと渇きに苦しむだけでなく、それが目の前にあるのに得ることができないという壮絶な苦しみだ。
実に、英語のタンタライズは「見せびらかしてじらす」という意味である。
しかし、我々の状態とは、まさにタンタロスのようなものではないのだろうか?
渇望するものを見せ付けられているのに、それを得ることができないことに苦しんでいるのだ。
素晴らしい豪邸や高級車、好みのタイプの美女を見せつけられはするが、まるで手が届かない。
引き寄せの法則なんてものが流行っているかもしれないが、タンタロスに教えてやりたいだろうか?それは、希望を持たされたタンタロスにさらに大きな失望を味あわせるだけのことだ。
「かもめのジョナサン」で、ジョナサン・リヴィングストンという若いかもめは、一時は親の言うことを受け入れ、他のかもめと一緒に、漁船の周りをぎゃあぎゃあ鳴き声を上げて飛び、撒き散らされるパンくずを奪い合った。
しかし、ある時、パンくずをキャッチしたジョナサンは、追いすがってくるかもめにそれを投げ、高く高く飛び、曲芸飛行の実験に取り組んだ。
ジョナサンには、タンタロスの刑罰は通用しない。ジョナサンはこの世の地獄に勝ったのだ。
「あしたのジョー」で、丈は、韓国の金竜飛(きんりゅうひ)との戦いで苦戦する中、なぜかこいつにだけは絶対に負けてはいけないという奇妙な感覚に戸惑う。そして、その答を得る。「金は食えなかったが、力石は自分の意志で食わなかった」
我々はタンタロスで、この世は地獄だ。岸辺の果物は、自分が食べなければ誰かが食べると思い、譲れば良いのだ。
そう決意した時、ペルセポネはネクタル(神酒)を差し出し、ヘカテーは微笑むだろう。冥界の王ハーデスも、膝をつくかもしれない。
【かもめのジョナサン】 リチャード・バックの永遠のロングセラー。滅びを迎えた今の時代に是非読んでおきたいと思います。 | |
【マンガギリシア神話 (3) 】 ハーデス、ペルセポネ、ヘカテーについては、この里中満智子さんの素晴らしい漫画で。 また、この本に収録されているディオニュソスやオルフェウスのお話はよく知られているものだが、深遠で、あらためて読むと実に面白い。 | |
【神統記】 ヘシオドスの素晴らしい詩の名訳でギリシャ神話を味わえます。女神ヘカテーの偉大さも十分に語られています。 |
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