« 7つの星の所有者 | Main | 経験は大したものではない »

2010.06.08

啓示の感動

悩み苦しんでいた時、何かの文章や詩を読んだり、あるいは、絵画や彫刻を見て、不意に心に不思議な変化が起こって、気分が晴れたり、活力が湧いてきたり、あるいは、大きな幸福や安らぎを感じ、さらには、別の人間に生まれ変わった感じがしたりすることがある。
そういった時、人は自分を忘れた、いわゆる忘我という状態にあり、万物と自己が一体化したように感じ、また、自分が幸運であることに気付く。
忘我とは英語のエクスタシで、イェイツは芸術の目的はそれであると言った。ロマン・ロランは、この万物との一体化の意識を大洋感情と言い、おそらく、それらと同じものを指すと思われるマズローやウィルソンの至高体験とは、つまるところは、自分が幸運であると感じることであると言う。

しかし、それは啓示なのだ。
人は自分の中に神がいる。真理や真実の美を前にすると、内なる神が顕れささやく。それは、神の精神が流れ込んでくる瞬間のようにも感じる。
神はいつでも一緒なのだが、日々の煩いの中でそれが分からなくなっている。しかし、それでも神は常にあり、我々は教えられなくても真理を知っているに違いない。
こう言うと、日々の煩いが悪いもののようではあるのだけれど、それがあるからこそ、感動的な啓示もあるのかもしれない。
どこに行こうと、どれだけ成功しようと、人は生きている限り煩いから逃れることはできない。だが、啓示を得ると、それはもう些細なことになってしまい、どうでもよくなる。心を傷つけられることもなくなる。

最近、「四つのギリシャ神話」という本を読んだ。これは、ホメーロス風賛歌と言って、名もない詩人が、あの偉大なホメーロスの詩の形を借りて神を賛美した叙事詩(詩で表現した物語)である。
ホメーロス風賛歌全部は膨大なので、特にドラマチックに書かれた、デーメーテール、アポローン、ヘルメス、アプロディーテーの4神についての物語を取り出したのが「四つのギリシャ神話」だ。
名もない詩人の作品とはいえ、実に素晴らしいもので、それゆえ後世に残されたのだろう。
私は、最初のデーメーテールのお話に非常に感動し、ある意味、啓示を得た。
これを読まれる方に、少し予備知識を与えたい。
デーメーテールは、オリュンポスの十二神という、特に偉大な12の神に名を連ねる女神である。
この女神は、神々の王ゼウス(ジュピター)の実の姉で、農耕の神だ。尚、オリュンポス十二神は、美と愛の女神アプロディーテーを例外として、全てゼウスの兄弟姉妹かゼウスの子である(アプロディーテーをゼウスの子とする説もあるが、それが定説でないことでやはり例外と言って良いだろう)。
ゼウスの正妻ヘーラーもまたゼウスの実の姉だ。ゼウス達の両親もまた、実の姉と弟であるレアーとクロノスだ。
デーメーテールは、弟であるゼウスとの間に、コレーという娘を生んでいる。コレーは非常に愛らしい乙女の神で、言うなれば、乙女の中の乙女であり、デーメーテールはコレーに無上の愛情を注いでいた。
このコレーに一目惚れしたのが、ゼウスやデーメーテールの兄弟である冥界の王ハーデスだ。いわば、コレーの叔父で、ハーデスから見ればコレーは姪である。
ハーデスは、弟であり、神々の王であるゼウスに、コレーとの結婚の許可を願い、ゼウスはこれを許した。その際、力ずくでコレーを奪っても良いとゼウスが言ったため、ハーデスもつい、コレーを略奪してしまう。
ハーデスによるコレーの略奪の場面については、数多くの名画や彫刻が残されている。
デーメーテールへの賛歌は、このコレー略奪のあたりから始まる物語だ。

尚、コレー略奪の物語については、里中満智子さんの漫画である、マンガギリシャ神話の第3巻「冥界のオルフェウス」が素晴らしい。
コレーは愛らしく、デーメーテールにあしらわれ、ヘラーにおびえ、ハーデスに妙な恋愛のアドバイスをするゼウスが面白い。また、ハーデスを純情でハンサムな青年に描いたところが新鮮だ。

↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

|

« 7つの星の所有者 | Main | 経験は大したものではない »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 啓示の感動:

« 7つの星の所有者 | Main | 経験は大したものではない »