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2010.05.09

人類の不幸の原因

日本人の大半は不幸であるが、その日本にいる我々に想像も出来ない程、世界は悲惨だ。
なぜ人類はこんなに不幸なのだろう?

1969年に連載が開始された「デス・ハンター」という漫画がある。
原作はSF作家の平井和正さん、漫画は桑田次郎(現在は桑田二郎)さん。このコンビでの作品で有名なものに「8マン」がある。
平井和正さんの作品には、総計2千万部を超える「幻魔大戦」があるが、漫画原作やSFといった世間で評価され難い分野にいるせいか、平井さんは正当な評価を得ていないような気がする。
(「デス・ハンター」は、後に、「死霊狩り(ゾンビ・ハンター)」として小説版も出版されている)

さて、「デス・ハンター」は、簡単にいえば宇宙からの侵略者と、人類のエイリアン対抗組織との戦いの物語である。
宇宙人との戦いといえば、1898年に英国のH.G.ウェルズが「宇宙戦争」を書いて以来、高度な科学力を持つ宇宙人に決死の戦いを挑む人類というイメージが出来上がってしまった感がある。「デス・ハンター」当時には、同様のテーマである英国の人気テレビドラマ「謎の円盤UFO」(原題は「UFO」)が日本も含め世界で放送され、さらにその観念を強めたかもしれない。
しかし、平井和正さんは、「デス・ハンター」で、それを旧式なものに変えてしまった。そして、この作品の結末は、驚愕の大ドンデン返しとなる。

「デス・ハンター」では、人類の不幸の原因は、弱さであるとする。
私も同感であり、強くなれば不幸は去る。
ただし、その強さとは、大会社の社長になって巨富を得たり、スポーツや芸能界の大スターになるというのとは、全く、質もレベルも異なる。そういった世間的強さは本物ではなく、ある意味で秘密を明かせば、世間強さを保つ秘訣とは、自分の弱さとの折り合いを付けることなのである。だが、それでは、やはり弱さに苦しみ続け、いつか破綻することに違いはない。

「デス・ハンター」のラストで、世間的強さの象徴とも思えるシャドー(宇宙人対抗秘密組織の総司令官)に、元々はシャドーの部下だった青年、田村俊夫が引導を渡す。
全く理想的なプロポーションの田村とリュシール・ブルーエという名の少女が全裸でシャドー達のところを去って行く。
(桑田次郎さんは、元々は、当時誰もがそれに習った手塚治虫風の画を描いていたらしいが、その脱却のため、本格的にデッサンを研究したようだ。)
それは、世間的強さという大衆の幻想の終焉である。

もちろん、「デス・ハンター」の最終場面を、そのまま受け入れても、あるいは、これをシンボル(象徴)や比喩と捉えても良いが、いずれにせよ、我々は、世間の教義、信念といった妄信や因習、偏見に満ちた幻想を打ち破ることで真の力を得なければ滅びを迎える瀬戸際に来ているのである。
人類の、ひいては、世界の平和は、それが出来てこそ実現する。
当ブログのテーマもそれであり、それは確実に可能である。

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