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2010.05.25

いつも忘れてはならないこと

過去数千年の間、我々がいつも思い出さないといけなかったことは、我々が人間であることだった。
我々は、動物や虫ではない。ましてや、悪魔でも餓鬼でも阿修羅でもない。
我々は人間であることを片時も忘れずにいる必要があった。
それを忘れた者達が、おぞましいこと、無慈悲なこと、あらゆる理不尽や浅はかで卑しいことを平気でやってきたのだ。
1人の人間であるより、大衆であることを選ぶことによって。
1人の人間として目を覚ましていることより、大衆の妄信の中で眠りこけることによって。
イエスは「目を覚ましていろ」と言ったが、弟子達でさえ、起きていることができなかった。

だが、いまや、我々は自分が神であることをいつも思い出さないといけない。
我々自身が神であることを方時も忘れてはならない。
欲望にまみれた大衆には、人間という概念はすっかり堕落し、それは動物以下になった。
だが、わずかではあっても、意識の進化した人間も増えてはきている。そんな者は、仮に大衆の中に居ても、大衆とは決別している。

神話の神々は、神の現れである森羅万象のそれぞれの性質を現している。
そして、全ての神々を統べる神々の王が、神とは何かを示唆している。神話の中ではごくさりげなく。
ゼウスは、美味しい牛肉を人間に配分し、骨を神の食べ物としたではないか?
美味しいが腐る肉は、若い間は強くて美しいが、すぐに老いさらばえ、醜く朽ち果てる人間の食べ物とした。永遠に若く強く美しい神は、腐らない骨を選んだ。
感覚や心の満足を求めるのが人間である。心やモノや時間や空間を超えたものが神の領分である。それが何かは、美味しい肉など、心や感覚を満足させるものを人間共に譲ることで分かる。
だが我々は、美味しい肉や、モノや、わずかな場所や、金や、世間の名誉を奪い合うだけのものに成り下がった。
それで、やむなく、口蹄疫(こうていえき)のような伝染病で、肉を喰う機会を失わざるを得ない状況を作って、人に自分が神であることを考えるきっかけを与える。

自分が神であることを忘れると、世界は暗く、悪いものがはびこり、希望は消える。
だが、自分が神であることを思い出すと、それは曙の光のように全てに光を与え、闇を追い払う。
それを、古事記では天照大神が示し、ギリシャ神話ではエオスに与えられた権能として示した。

まずは、美味しい肉を人間共に譲ることから、自分が神であることを少しでも示し、自分が神であることを思い出そう。常に、美味しい肉を人間共に譲ることによって。
美味しい肉を楽しむかわりに、すぐに腐り、朽ち果てる人間であることをやめる決意をすることによって。
参考程度に言えば、新鮮な野菜なんてのも、人間共に譲れば良いのではないか?
神に近い存在である仙人なんてのも、腐りにくい木の実や種や、挽いた穀物を食べるものだ。
神である自覚があれば、酒なんてのも、確かに百薬の長かもしれないが、人間が飲むなら麻薬でしかない。
食べ物以外に簡単に出来ることでは、電車の席や道を人間共に譲れば良い。我々は、それらも浅ましく奪い合う人間なのであるから。


【古事記】
日本の神々の物語といえば古事記ですが、読み難いものが多いです。この古事記は分かりやすいだけでなく、読ませる配慮があります。そこが一流の作家なのでしょう。決して、現在流行の刺激的な面白さではありませんが、神話を大切に扱った善意ある現代語訳の名著です。

【神統記】
ギリシャ神話も難しい本が多いですが、この詩で書かれたギリシャ神話は心の深奥に響いてくるものです。そして、名訳だと思います。また、神々の系統(親子関係や権能)も分かりやすく書かれています。

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Comments

私も口蹄疫の被害は神からの警告であるとここ最近考えていました。
そろそろ、肉食をやめていかないと取り返しのつかないことに
なるかもしれませんね。ただでさえ「いただきます」の意味を
子供どころか大人も知らないいまの世の中それくらいの危機が起きないと
止めようもないでしょうし。皮肉なことに日向神話の宮崎か発症していることも
何某かの意味があるのかもしれないですね。

最近ギリシャ神話の内容が頻繁に出てきて懐かしく思います。
小学生の頃は、図書館でよくギリシャ神話の本を読んでいたのを思い出しました。
あの頃は西洋の憧れもあったのですが
古事記よりもギリシャ神話のほうが身近感じたんですよね、なぜか。

そう言えば、旧約聖書『創世紀』で知恵の木の実を食べた話も
やっぱりギリシャ神話の骨と肉の話に通ずるものがあるのでしょうか?

Posted by: ゆり | 2010.05.25 at 11:01 AM

★ゆりさん
私も、人々に食の慎みを薦めようと思っていましたが、美味しいものをたくさん食べて、醜く朽ち果てるのも、食を慎んで神として生きるのも、選択は自由と思うようになりました。
知恵の木の実のお話は、この骨の話の後の、パンドラの話と関係が深いです。
パンドラの箱には、この世のあらゆる災いが入っていましたが、同時に希望も入っていました。

Posted by: Kay | 2010.05.25 at 09:40 PM

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