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2010.05.28

聖地巡礼の意味

和歌山県にある熊野那智大社という神社に、平安時代の後白河法皇は33回(那智大社では34回としている)参詣したという。これを、絶対的権力を持った後白河法王ですら不安にかられていたからだろうと言う人もいるが、真相は分からないだろう。
しかし、不必要な権力、地位、富を持てば、必ず不安を抱えるのは当然のことで、それを手放さない限り、安らぎはないだろう。

しかし、神社やお寺に参拝することは良いことと思う。
インドの聖者ラマナ・マハルシ(1879-1950)のアシュラム(道場)には、現在も世界中から多くの人が訪れると聞くが、生前、マハルシに、聖地巡礼は良いことかと尋ねると、マハルシは良いと答えたと聞く。
ベルナデット・スビルーという13歳の少女が聖母マリアと逢い、マリアの指示で掘ったことから湧き始めたというフランスのルルドの泉は、奇跡的な病気治癒の話もあるのだが、別にそれが目的ではなくても、聖地として巡礼する人も多いと思う。

ただ、神社やお寺で、商売繁盛や、受験合格等を祈願する人が多いが、私は、それはあまり良いことと思わない。ルルドに病気治癒等の願いを持って巡礼することについてもそう思う。
私は、聖地巡礼をすることは、聖典や神話を読むことと、本質的には同じ意味だと思う。ただ、聖地巡礼は非常に効果的なのだ。
我々が、神という言葉に違和感や淀んだイメージを感じるとしたら、その原因は大衆意識の歪みや汚れの影響である。本来、神という言葉ほど貴重で優れたものはないはずなのだ。聖地というものは、大衆意識から隔絶させてくれる場所なので、神を意識しやすく、神に近付きやすい場所であるから良いのである。
ただ、有名な巡礼地が、商売に利用されて、大衆意識を持ち込んでしまっている場所も少なくはない。そんなところは、場所そのものが悪いのではないが、巡礼の意味はなくなる危険が高い。イエスが、神殿で商売をしている者達を怒って追い出した理由がそれである。

南無阿弥陀仏といった念仏を唱えることも巡礼と同じことであり、終日(一日中)熱心に唱えるなら、その効果は計り知れない。そこに大衆の妄信が入り込むスキが少なくなるからだ。
念仏もだが、神の名を唱えたり、聖典や神話を読むことと、大衆意識は本来、非常に離れたものだ。しかし、欲を持ってそれを行うから、むしろ大衆意識に強く引き込まれてしまうのである。これを悪霊に付け込まれると言うのである。

巡礼に行くのは好ましいが、時間が無ければ、聖典や神話を無心に読めば、効果は同じである。
欲望を持たずに行う念仏や神の名の称名(本来は阿弥陀仏の名を唱えることで、念仏と同じ意味だが、神の名を心で唱えることも含める)も同様である。法然は、1日6万回「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えたというが、油断なく行えば、人類最大の敵である大衆の妄信や偏見に勝てる。そうなれば、その人は仏である。
仏教の経典のように、詩の形になっているものは大変に好ましい。大衆意識というのは詩やクラシック音楽と無縁だからだ。
だから、ギリシャ神話が、元々吟遊詩人によって伝えられたことは素晴らしいことであった。老子や古事記も、実は本来は詩である。

聖地巡礼に何かご利益がある訳ではないが、それを行う者がご利益の根源そのものになるのである。


【法句経】
非常に古いお経で、釈迦の純粋な教えであると言われる。本書は、平易で美しい詩で綴った名訳の誉れ高いもの。

【老子(全)】
中国語も日本語も自在な詩人によって、美しい詩で表現された老子。挿絵の水墨画も美しい。

【神統記】
ヘシオドスの格調高い詩で書かれたギリシャ神話の名訳。あまり細かなお話ではないが、それがかえって良いと思う。それぞれの神々についての聖い印象を得られるように感じる。

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