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2010.04.23

人の自我はなぜ未熟か?

自分の自我をひどいものと感じておられる人は多いと思います。
謙虚で冷静な人であれば、全ての人がそうであるに違いありません。
自我については、「我が強い」「我を張る」といったように、悪いものと決め付けた言葉が普通にあるくらいです。
精神分析学者の岸田秀さんは、著書の中で、「自我とは安定しなくて当たり前」と述べ、自分も例外でないことを認めておられました。
自我が安定しない理由について、フロイトは次のように説明しています。
「人間の本能は壊れており、その補完のために人間は自我を作ったが、それは自然に立脚したものでない幻想であるからだ」

フロイトの説明には真理も含んでおり、否定するつもりはありませんが、別の視点も考えられますし、考えないといけません。
それには、肉体について考えてみることが大切です。
非常に不完全な自我に対し、肉体は完全です。それは驚くべき機能を有しており、優美で精妙です。
こう言うと、「病気になる肉体のどこが完全か?」「肥満して醜くなりやすい肉体が完全なはずがない」と言われるかもしれません。
これについては、MRTクリニックを創始した内海康満さんは、著書で「身体は病気を含め完全である」と述べられていましたが、これが完璧な回答です。
病気も肥満も、作用に対する完全な反作用であり、しかも、その反作用は完璧なものです。
栄養を摂りすぎると、肥満したり、調子が悪くなることが身体の完璧な機能を示しているのです。
政木和三さんは、「この先、どんなに科学が進歩しても、神経と同じものを作ることは出来ないだろう」とよく言われていましたが、人間の身体というのは、まさに驚異の集積体です。
人間に限らず、小さな虫や、さらに、微生物の身体でさえ、神のおそるべき叡智を現しています。

それほどまでに完璧な肉体に対し、なぜ自我はこうも不完全なのでしょうか?
それは意外に簡単で、歴史の違いです。
肉体の歴史は非常に長い、つまり、肉体ははるかな時間をかけて進化してきました。
それに比べ、人間が自我を獲得してから、わずかな時間しか経っていません。つまり、人間は、今後、自我を完全なものに発達させていかなければならないわけです。
自我を持たない微生物や虫、あるいは、動物ですら、肉体に関しては完璧です。
それに比べ、人間が比較的最近得た自我が未熟であることは仕方がありませんが、進化させずにいることは赦されません。
しかし、人間の中には、自我を原始的な状態のままにして、全く進歩させようとしない人も少なくないのが悲しい現実です。

ところが、自我の発達具合が、人生や状況を支配する力と大きな関係があります。
潜在意識の法則の偉大な教師であるジョセフ・マーフィーも、未熟な自我のまま、願望を実現できないことを認めています。たとえば、マーフィーの成功法則を知った若い女性が、大女優になり、周りにちやほやされて、贅沢三昧に暮らすことを望みましたが、当然叶いませんでした。そういった、子供のような幼い自我に力はありません。彼女は自我を成長させ、まずは得意のタイピング技術を生かした仕事に励み、それがきっかけで素晴らしい男性と結婚し、幸福になりました。

自我は確かに不完全なものですが、未熟な人間ですら、このように、急成長させることも可能です。
ただし、自我を成長させるつもりがないなら、やはり、願望は全く叶いません。
ジョセフ・マーフィーが本当に教えているのは、このことです。ただ、やはりまだ未熟な民衆のために、少しは甘い餌も使いましたが、その意図も理解できず、マーフィーの成功法則をインスタントで都合の良いだけのものとして人々を煽る者も多いことに注意して下さい。マーフィーの法則に関しては、ジョセフ・マーフィー自身の著書で、商品の宣伝なども決して無いものを読んでください。

自我を成長させるということを、我欲を発達させることだという馬鹿げた誤解を決してしないでいて下さい。
自我を成長させるということは、万物と調和する精神に近付くということです。
ジョセフ・マーフィーが最も重要な言葉の1つと言った、旧約聖書のヨブ記第22章21節の言葉が、それを実によく言い表しています。
「神と和らぎ平和でいなさい。そうすれば幸福になるでしょう」


【人生に奇跡をおこす】
この本を真面目に読むと、自我の洗練と願望の実現に深い繋がりがあることが分かるように思います。

【法句経】
釈迦の最も純粋な教えとも言われる法句経の名訳です。
短いシンプルな詩の中に、自我を洗練させてくれる深い教えがあります。

【荘子】
小賢しい世間知は程度の低い自我で、荘子が明と呼んだ本物の知恵が高度な自我、あるいは、自我の次に人類が獲得する新しいものかもしれません。
竹村健一さんも愛読した、分かりやすい荘子の名訳です。

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Comments

やっぱり自我を成長させるということは、
最終的には宇宙精神と調和するということなんでしょうか?

ということは、個人の我欲から起こる願いではなく
宇宙全てを見下ろして誰かをひいきにしたり、
自分自身が有利な立場になることを考えない、
無心の状態の極めて誰に対しても公平な祈りをするようになった時に
どんな願いも叶うということなんでしょうね。

その時点でレベルの願いごとはしないんでしょうけど(苦笑)

Posted by: ゆり | 2010.04.24 at 12:31 AM


 自らを我と呼べる者

それが自我の持ち主ということですよね。

 では 動物は?

少なくとも哺乳類ならば
 ヒトほどではないにせよ 多分
いま自分が何をしているか ということは知覚しているでしょう。
 そうでなければ 他種生物 (つまり人間) との交感は不可能ですからね。

昆虫などは完全に 忘我的だと思います。
 かれらは いわゆる脳みそ (巨大神経節) がなく
  程々に発達した神経節が全身に配分されているので
 考える前に動くことができるという
極めて運動効率のいい 「完璧な身体」 の持ち主たちです。
 ぜひとも見習いたいものですね。


随分 ご無沙汰しておりました。
 メールチェックでさえ3日に1回……
  という超多忙期間を過ぎ越して
 ようやく お気に入りブログを読む余裕ができました。

いまさら……
 という感がしないでもない
「ザ・シークレット」 の第7章分を
 今朝 投稿することもできました。
もし宜しかったら ご覧になってみて下さい。

Posted by: Minr Kamti | 2010.04.24 at 01:12 AM

★ゆり
その時点で、自分の本当の願いが分かるのでしょうねえ。


★Minr Kamtiさん
自我は人類も、それを3万年ほど前に獲得したばかりです。
動物には知覚はあっても、自我はないとみなしています。
人間の身体は、あらゆる動物の中でも最高だと思います。
芸術家が忙しいというのは良いことではないかと思います。
暇な芸術家が多いですから。

Posted by: Kay | 2010.04.24 at 10:49 PM

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