« 真の内向性 | Main | 風邪の妄信を壊す »

2010.04.16

優美な悩ましさ

児童ポルノを取り締まる法案の制定の実現を精力的に押し進める人というのは、真面目な人なのだと思う。ただ、知恵に欠けると思う。
例えば、自分が、幼女・少女への過剰な性的嗜好を持つと、法で取り締まらないと大変なことになると思い始める。
女性であれば、自分はもうオバサンなのに、若い男性への劣情(いやしい情欲)が止められないと、人間とはやはりロクなものでなく、取り締まらないと何が起こるか分からないと思うのかもしれない。
そして、現在の日本は、異常性欲が溢れかえっているのも確かである。
しかし、その根本原因は、飽食や肉食が原因の異常性欲だと思う。
スリ・ユクテスワの「聖なる科学」に、栄養の摂り過ぎや、本来人間に向かない肉食が異常性欲をもたらすことが説明されているが、それよりも、私自身、美少女というものは大好きなのであるが、全く理想のタイプの少女と密室で2人っきりになったところで、おそらく問題はないのである。それは、1日1食の菜食で、間食もしないようになったら、抵抗しがたいような性欲に襲われることはなくなったからだ。しかし、飽食で肉食中心であった頃はそうではなかった。また、以前はそれなりに好きであった、グラビア・アイドルの映像は、いまでは醜悪に感じる部分が多くなった。

フランスの小説家ドーデの「風車小屋だより」という短編集がある。私は小学生の時読んで以来なので、詳しくは憶えていないが、その中の1つのお話に、若い男が美しい娘とちょっと出会って分かれるのであるが、その娘が川に落ちるか何かのトラブルがあって、男の風車小屋に戻り、一晩を共に過ごす。男は、悩ましいものは感じながらも、2人は平穏に過ごした。
「そんな馬鹿なことがあるか。まともな男なら手を出すのが普通だろ」と思うなら、おそらく、飽食ゆえの異常性欲であることは間違いない。そんな場面で手を出す方が異常だ。
新約聖書のイエスの有名な言葉に「女をよこしまな目で見れば姦淫したも同じ」というものがあるが、これは、後に捻じ曲げられた言葉のように思う。むしろ、その女を想念で受け入れれば、結婚したも同じといったような意味の方が自然に感じるのである。性欲異常でもなければ、どんな美人、美少女を見たところで、女としては特別な関心を持つまでには至らないからだ。
イエスも、現在の飽食、美食の世界は想定していなかったに違いない。
いくらかの悩ましさは優美に変えられるが、激しい劣情は地獄の悪鬼と同化しかねない。


【聖なる科学】
著名な聖者パラマハンサ・ヨガナンダの師であるスリ・ユクテスワが、マハーヴァター・ババジの指示で、ヨガの教えと新約聖書の教えが一致することを研究、究明したことを顕した書です。

【新修 南北相法・修身録(全)】
水野南北が、生涯をかけた恐るべき実践で完成させた観相術と、それをはるかに凌駕する食の慎みの教えを同時に収めた貴重な書。
人間の運命は食のみで決まる。牢屋敷に入れられたどうしようないチンピラだった南北が、天下に鳴り響く観相家、7つの蔵を持つ長者になれただけでなく、天皇から貴族にまで叙せられ、当時異例の78歳まで幸福に生き、教えの正しさを自ら示した。

↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

|

« 真の内向性 | Main | 風邪の妄信を壊す »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 優美な悩ましさ:

« 真の内向性 | Main | 風邪の妄信を壊す »