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2010.03.30

憎しみ

どんな思想、哲学、宗教、神秘思想、あるいは、成功哲学や、引き寄せの法則、潜在意識の法則を研究しても、あるところでどうにもならなくなる。
それは、「誰かを憎んだまま、幸福になったり、真に成功することはない」という厳然とした、避けようのないない事実に突き当たる時だ。
このことを考えると、巷で言われる成功のテクニックの何と安っぽいものかと感じずにはいられない。
それら、安直な赦しの方法を用い、表面的には赦した気になっても、まさか本音では、憎い相手を赦してはいまい。

「忠臣蔵」では、赤穂浪士の討ち入りや彼らの切腹にばかりスポットライトが当てられるが、真に重要なことは、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)はどうすれば良かったのかということだ。
あの物語も、どこまで事実なのかは全く分からないが、仮に吉良上野介(きらこうずけのすけ)があの通りの人物であったとしても、浅野はうまく人間関係を結ぶことが上に立つ人間の責任だったはずだ。しかし、早い話が、浅野にはその能力がなかった。リーダー失格であるのだが、凡人である我々は浅野以下であり、よって、浅野への強い同情を感じるのだろう。
だが、規模は違っても、浅野のような試練は我々にも必ず訪れる。そこが、人生を左右する大きな機会となる。
そんな時に役立つ思想や哲学こそが本物なのかもしれない。

「嫌いな人は?」と聞かれたら、誰しも何人か思い浮かぶだろうと思う。
「好きな人は?」と聞かれても同様と思う。
実は、この質問はトリックであり、誘導尋問だ。
「嫌いな人は?」と聞かれ、聖人ぶって「そんなのいないよ」と答えた後で、好きな人はいっぱいいるなんて言ったりする。
それは大嘘だろう。
嫌いな人がいないなら、好きな人もいないはずだ。
逆に、好きな人がいないなら、嫌いな人もいないだろう。
人は、全てを愛するか、全てに無関心であるかを選ばねばならない。尚、その2つは同じことだ。
自分の子供が好きなら、嫌いな上司がいてもおかしくはない。
だから、いますぐ何ができるというわけでもないだろうが、心に留めて置くと良いことであると思う。
いずれ、本当に誰かを憎むことが起こるかもしれない。
強烈な憎しみほど破壊しやすい。固く乾いた木ほど燃えやすいようなものだ。
もし、全てに無関心になることや、強烈な憎しみを持つことが嫌なら、真の自己を愛することだ。真の自己は全てである。
真の自己を愛するには、全ての欲望を捨てねばならない。真の自己とは、人の内にある無限の力のことである。

下に紹介する本は、どれも、自己の内にある無限の力について語っているという点で、本質的に全て同じ本であると思う。

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