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2010.02.06

リアルスポーツマン

「スポーツマン」という言葉をなつかしく感じるようになった。
この言葉に清涼さを感じることができた時代というのはいつの昔のことだろう?

昔は、アマチュアスポーツ選手は、選手活動による報酬を一切得られなかったということをご存知だろうか?
そもそも、アマチュアスポーツという言葉自体が曖昧なもので、事実上、アマチュアスポーツとは、「アマチュアスポーツとされる競技会」のことで、それに出場するのがアマチュアスポーツマンといった程度の意味である。
そして、アマチュアスポーツ競技会に出場する選手は、一切の報酬を受け取ってはならなかった。
オリンピックで金メダルを取る選手でも、出場の報酬として数万円でも受け取れば、出場停止どころか、競技会から永久追放となることもあった。
規則により、アマチュアスポーツ選手の報酬の受取りを禁止し、それを破ったという理由で、そのような出場停止や選手資格の剥奪といった処分がされたのである。

本当は、そこらのことは、選手の自主性にまかせるべきなのである。
そんなことをしたら無秩序になると言うなら、それは、真のアマチュアスポーツは存在しないという現実を示しているのである。現実を見ず、きれいごとを取り繕えば、いかなることでも歪んで腐ってしまうのは、当たり前のことではないだろうか?
規則という形ではなく、精神という本質を重視すべきである。それで成り立たないものであれば、やめてしまえば良い。簡単なことである。
その意味をくどくど述べるのはやめておく。単なる常識論であるからだが、その常識が存在しないことが問題ではある。

ついでに言えば、アマチュアスポーツは特にそうであるが、スポーツ全般、あるいは、武道の真の成果は精神を磨くことであると言えば、今の時代では笑われかねない。
ただ、精神を目的とするのも間違いと思う。あくまで結果として精神が磨かれるのである。そのため、精神を損なうことをしないよう努力するのである。
だが、特にプロの世界や武道では、きれいごとだけで通用しない部分もあり、時には汚れながらもがくこともある。しかし、仏教では、美しい蓮の花は泥の中で咲くことを指摘する。
実際は、プロスポーツや武道でこそ、精神は真に磨かれるはずであるが、リスクも大きい。そのリスクを少なくして、ある程度の精神の向上を願うのが本来のアマチュアスポーツかもしれない。

幻想の可能性もあるが、私が真のスポーツマンと思うのは、昔のキックボクサーの沢村忠さん(本名は白羽秀樹さん)という人だ。
チームのリーグ9連覇と個人の三冠王を達成した巨人軍の王貞治さんを差し置いて、その年の日本プロスポーツ大賞を受賞するほどの大スターだったが、引退後、全く姿を見せず、死亡説が世間の常識になるほどだった。
実は、車好きの彼は、引退後、一から修行して車の整備士になった。
彼をやっと探し当てた雑誌記者が、彼の高級外車に同乗して食事に行く時、大学生の運転する車と接触事故があった。過失は全面的に相手にあった。しかし、沢村さんは「まあ、学生さんのしたことだから」と事を荒立てなかったという。
現役時代、スーパースターだった彼には連日のように、テレビ出演、取材、イベントの仕事が入り、練習ができないどころか、休むこともできなかった。しかし沢村さんは「せっかくマネージャーさんが取ってきてくれた仕事だから」と文句も言わず、淡々と全てこなした。
時間とお金がいくらかかっても、色紙へのサインは必ず自分で書き、年賀状全てに返事を出した。新幹線での移動中、疲れて眠っていても、修学旅行中の学生ファン達の相手をした。
キックボクサーとして、沢村さんは、一流とか強豪という言葉を超えて、あまりに強く、まるで超人であり、様々な疑惑もあった。
これも、本当のことかどうか確認できるわけでもないが、彼のその原動力を私はこう思っている。彼は、どんなに忙しくても、老人ホームのイベントに参加し、お菓子を大きな袋に詰めて孤児院を訪問することを欠かさなかった。彼は、不幸な人、虐げられた人を勇気付けるためにキックボクシングをやっていたのだ。
沢村さんは、引退してもトレーニングを続けているという。彼の本質は武道家であることは間違いないと思う。


真空飛び膝蹴りの真実―“キックの鬼”沢村忠伝説
伝説の超人キックボクサー沢村忠の真のストーリーが初めて明かされた傑作。
スポーツとは?武道とは?そして人間とは?この本を読んで、深く考えさせられました。
そして、何より、伝説の漫画「キックの鬼」より真実ははるかに凄く、面白い。

やわらかなボール
大正時代、忙しい商社マンをしながら、鎌を使った草刈りで鍛えた不恰好なフォームで世界ランキングトップ10に入ったテニスプレーヤーが日本にいた。
ウインブルドン準決勝、なぜか、彼は、ラリー中、転倒した相手に、やわらかいボールを返した。
スポーツとは何かを考える1冊であると思います。

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Comments

ご存知とは思いますが、沢村さんは
当時、次期、極真会総裁と言われていた
現 誠道塾空手を率いる
中村忠師範を慕って沢村忠を
名のったらしいですね。

沢村氏も日本拳法の立派な師範であるようです。

Posted by: taku | 2010.02.07 at 12:47 AM

いい話ですねぇ。武道家の堀部正史氏は、骨法を主催されていますが、武道とは、喧嘩を芸術にまで高めたもの、という言い方をなさっていました。初コメ、失礼しました。

Posted by: HIRANO | 2010.02.07 at 02:09 AM

★takuさん
沢村忠という名が、極真空手の中村忠さんから来ていることは存じてましたが、詳しい経緯は知りませんでした。
沢村さん自身は剛柔流空手道の達人であったようですね。いまでも、子供達に空手を教えておられるかもしれません。


★HIRANOさん
はじめまして。
私は堀部正史さんは大好きで、著書も何冊か読みました。
喧嘩でも、好きなら徹底して取り組む姿勢は、現代社会のまやかしを打ち破る素晴らしいものですが、若かった私はすんなり受け入れました。
ツルギノクラ、私は今も意識しています。

Posted by: Kay | 2010.02.07 at 07:49 AM

術と道は違うものと思います。
術とは生き延びる為のもの、
道とは死ぬ為のものだと思うのです。
葉隠はやはり正しいのだと思います。

Posted by: taku | 2010.02.08 at 01:01 AM

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