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2010.02.23

愛と憎しみは共にある

シェイクスピアの「リア王」を知らないなどという人も最近はいるかもしれない。

昔話だが、年老いた王様が、娘達に自分への愛を問い、姉達は最大級の愛を語って王を喜ばせ厚遇を得るが、末娘は「普通に愛している」と言ったので王は激怒し、末娘を追放する。
しかし、その後、父は姉達にひどい扱いをされ、80歳を超えた老体で一人、城を出、荒野をさ迷う。そして、そんな父を最後にいたわるのは、その父に不遇を与えられた末娘だった。
簡単に言うと、こんな話だ。

たとえ、このお話を知っている人でも、ほとんどが、ごく表面的な教訓話と思っていると思う。
深い意味を知っている者は極めて少ない。
いや、これを書いたシェイクスピアでさえ、意識ではお話の真意を知っていたのかどうか分からない。
アメリカの作家カート・ヴォネガットは、シェイクスピアは下手な作家だったが、人間を知っていたと言う。
私は、シェイクスピアは無意識と良い関係を結んでいたのだと思う。

「リア王」のお話の真意はこうだ。
一般に、姉娘達のリア王への愛は偽者だと言われる。
そうではない。姉娘達は本当にリア王を愛していたのだ。
一方、末娘は、口では、ただ父としてリア王を愛していて、それ以上でも以下でもないと言ったが、彼女こそ、リア王を真に愛していたとみなされている。
そうではない。彼女は、本当にそこそこに父を愛していたのだ。

愛と憎悪は同じものなのだ。
最大に父を愛していた姉娘達は、最大に父を憎んでいた。
そこそこに父を愛していた末娘は、そこそこに父を憎んでいた。
それだけのことだ。

子供を溺愛する親は、子供を深く憎んでいるのだ。一生の中でそれが現れなければ幸いであるが、そうでない場合が多い。
いや、その憎悪は、本人が無自覚なまま現れているものなのだ。
全く同じように、妻を深く愛する夫は、妻を深く憎んでいる。
母親は自分の子供を憎んでいるのが当たり前なのだ。その度合いは、彼女の子供への愛と同じだ。
愛情薄い母親を持った子供は幸いだ。

こういったことを見事に描いて見せたのは、萩尾望都さんのたった15ページの漫画「半神」(1984)だ。
ひょっとしたら、萩尾望都さんこそ、日本最大の文豪かもしれない。
この作品は、野田秀樹氏により舞台化され、十万人以上を動員。海外でも評価された。
その原作は、表紙を入れてすら、わずか16ページであった。

左2つに「半神」を収録している。真ん中の「半神」は文庫版。萩尾さんの絵は繊細で美しいので大きい方が良いかもしれない(私は文庫版を所有)。右は戯曲である。

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Comments

はじめまして。いつも楽しく拝読しております。

この記事を読んで内海康満氏の教えが思い出されました。
そういえば先月に氏の新刊が出ましたが、Kay様はもうお読みになられたでしょうか?

もしよろしければ、氏の新刊について、いつかブログに取り上げていただけると嬉しく思います。
それでは失礼いたします。

Posted by: ほいみん | 2010.02.23 at 09:49 AM

★ほいみんさん
内海さんの新刊は気になっているのですが、まだ読んでいません。きっと素晴らしいでしょう。
いずれ読むとは思いますが、いまのところ、20冊くらいは先に読む予定のものがあります。
読んだら、おそらく何か書くと思います。

Posted by: Kay | 2010.02.23 at 09:33 PM

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