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2010.01.06

本人が認識しない超能力

真偽の程は分かりませんが、何かの雑誌で、著名な経営コンサルタントの船井幸雄氏がご夫人の不思議な能力のことを話されていた記事を読んだことがあります。船井氏は、奥さんがなぜ自分と結婚してくれたかが謎だったようです。結婚した時、船井氏は、もう中年近い年齢で頭も薄くなりかけており、先妻との間の子供もいて、当時は金持ちでもなかったそうですが、奥さんはまだ非常に若かったようです。船井氏が言うには、奥さんは神様と話が出来、その神様が船井氏との結婚を勧めたようです。ところで、奥さんは、神様と話ができるというのは特別なことではなく、誰でも出来ると思われていたようです。

そういえば、テキサスの大富豪ロス・ペローも、「大富豪ロス・ペローという男」という本の中に、ペローの語録として、「妻がなぜ私と結婚してくれたか?それは今でも謎だ」と書かれていたように思います。ロス・ペローはとても背の低い男で、自分では醜男だと思っているようです。まあ、女性に限りませんが、結婚相手を選ぶ時、世間の常識に反していても、勘やフィーリングで決めた人も多いようで、それを即ち、神様のお導きというのかもしれません。政木和三さんは、「女性は結婚相手を勘で決めて良い。それを、収入だの学歴だの身長だのと考えるから失敗する」とよく言われていたと思います。
尚、聞こえるはずのない声を聞くという人は実際には割合に多いかもしれず、それが必ずしも病気というわけではありませんが、精神医学でも、そういった例が取り上げられることはよくあると思います。また、NLP(神経言語プログラミング)や、悪評もありますがトム・クルーズが信仰するサイエントロジーという宗教の教祖であり、世界的SF作家、教育家で、日本でも教育界のかなりの要職の方にも信望者のいるL.ロン.ハバートの世界的ベストセラー「ダイアネティックス」に、ありえざる声がはっきり聞こえる仕組みが書かれています(ここでは、あまり良いこととはされていないと思います)。

また、1980年代にメキシコの「ノーシス」というスピリチュアル思想を日本に伝えたメキシコ人ミゲル・ネリの本に、幽体離脱(精神が肉体を離れて活動すること)が出来る少女の話がありましたが、彼女は、それは誰でも出来ることだと思っていたとありました。

もしかしたら、不思議な能力の持ち主は、自分の能力を特別と認識しておらず、敢えて話しもしないので人に知られないということもあるのかもしれませんね。
で、実を言うと、この私にもあります。
ただ、私もまた、いまだそれが特別なことであるという思いがあまりありません。
よく考えれば、常識的には確かに不思議です。しかし、単なる偶然かといえば、あまりに起こる可能性が低い上、かなり頻繁に起こっていました。
それは、今風に言えば「引き寄せ」となります。昔は、牽引の法則とか言われることもありました。
私は、アポーツという物品引き寄せの超能力が情報や状況に対して起こったものだと考えていた時期もあります。
あるいは、シンクロニシティー(共時性。意味のある偶然の一致)やセレンディピティー(幸運な偶然)を意図的に起こしたと考えられるかもしれません。
簡単な例では、小学生の時、広い図書館で本を探す時には、何も考えずに気の向くままに適当な書棚に歩いて行けば、そこに目的の本がありました。
天体望遠鏡にも思い出があります。雑誌で、天体望遠鏡の記事があり、欲しいけど高いなと思っていましたら、1ヵ月後、誰かに何かを言ったわけではありませんが、急に従兄が自分の望遠鏡を譲ってくれました。それだけではありません。天体望遠鏡を持ったら、月の次は土星を見たいと思うのは、よくある発想と思います。しかし、私は土星の見つけ方など全く知りませんでした。ところが、土星を見たいと思い、夜空の星の中から、適当に選んで覗いてみたら、必ず、土星でした。同じように、木星、金星、火星を観測しました。中学生の時は、夏休みの自由研究で、木星とその衛星の観測記録を行いましたが、その時も、木星を見つけるのに天球図のようなものは一切使いませんでした。
また、何かもっともな原因があったのかもしれませんが、天体観測をしながら猫を集めたことがあります。猫を集めようと思って、ちょっと猫の鳴きまねをしたら、庭一杯に猫が溢れました。普通、さして上手くも無い猫の鳴きまねをちょっとやったくらいで、猫が何十匹も集まったりはしないと思います。
これらはまだ、比較的平凡な例で、もっと強烈なものもあります。
こうした現象は、年齢と共に、知識が増えたり、常識が身に付いたりすると発生しなくなるものもありますが、現在でも様々な形で続いています。例えば、つい最近のことですが、何年も逢っていない人に逢いたいと思っていると、帰宅途中にバッタリ出逢って驚いたことがあります。
再度言いますが、これらはほんの一例で、しかも、比較的穏やかな類のものです。

これらのようなことは、あまりに当たり前に思え、さして不思議だとも思っていませんでしたが、どう考えてもただの偶然ではないと思います。
どんな時、そんな現象が起こるのかと言いますと、強い願望があるか、あるいは、そうなれば楽しいなと思っていた場合であると思います。そして、あまり論理的に考えない時に起こります。後で論理的に考えると、絶対にあり得ないことでも、その時は論理的に考えずに引き寄せることができました。
ただ、いわゆる欲望ギラギラという場合は何も起こらないか、歪んだ形で現れるように思われ、駄目でもともとという、ちょっと醒めたところがあった方が良いような気もします。それで思い出すのは、美空ひばりさんの「柔」という歌にある「勝つと思うな 思えば負けよ 負けてもともと・・・」という歌詞です。作詞は関沢新一さんという、脚本家、写真家でもある人で、数多くの名曲の作詞や、有名なSF映画の脚本を書いている大変な人です。

ただ、自分で状況を引き寄せたということは、やはり誰にでも覚えがあるに違いがないと思います。
その感覚を思い出せば、望みのものは何でも引き寄せることができると思います。


マスターの教え
この本に登場する、富豪で、人生のあらゆる状況を支配する力を持つマスターは、「不思議なことはよく起こっている」と言い、その原理を明かします。
マスターは、自分が使う成功の技術は、自分の家に伝わるものであり、何ら特別なものでないと言いますが、それは「ザ・シークレット」で言われる「シークレット」のようにも思われます。そういえば、本書も「ザ・シークレット」も翻訳者は山川夫妻です(「ザ・シークレット」は他に佐野美代子さんが加わっています)。「シークレット」を使い込んだ者の指導書とも言えるかもしれません。斎藤一人さんも、著書で、この本の内容を引用しておられました。

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