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2010.01.14

心はなぜ世界を創るのか?

当ブログに面白いコメントを貰ったので、それをテーマに書きます。
「心が世界を創るのですが、なぜ心は世界を創るのか?」です。

「そうだ!これを説明しないといけない」と思いました。とても重要なことです。
そういえば、ラマナ・マハルシも、心が世界を創るとは言いましたが、それがなぜかは言ってなかったような気もします。
ちゃんとまとめて本にしたいほどです。どこかの出版社で出してくれてもいいですね。

しかし、「なぜ心が世界を創ったのか?」と聞かれたとしたら、本当は、「アンタ、マジ?」と言いたい気持ちはあります。
世界を創ったのはあなたの心です。なら、自分に聞けばいいじゃないですか、という感じなんです。

まず、谷川流さんの小説「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズを読むことをお薦めしたいですね。面白いだけでは650万部も売れたりしません。1年以上、執筆が中断しており、私にはその理由は当然分かりませんが、それはそれで丁度良いことと思います。
世界を好きなように変える力を持つハルヒが、なぜ自分が面白くないと嘆く世界を創るのでしょうか?私には、彼女が無自覚に面白がっているとしか思えないですね。

世界を創るとは、小説を書くようなものでしょう?
例えば、ヒーローものを書くとしましょう。
スーパーマンのような超人を主役にするとします。あらゆる超能力を備え、肉体は無敵、頭脳も天才で、ハンサムで、人柄も抜群!
楽々と巨万の富を築き、世界から賞賛され、誰からも尊敬され、美女と結ばれて終わり・・・じゃ、何も面白くありません。
「スーパーマン」のお話も、そうではないはずです。
あれほど強い彼が危機に直面し、必死の思いで問題解決します。
つまり、スーパーマンにも欠点があるし、出来ないこともあるし、彼と同等の力を持つ敵が現れたりもするわけです。
ではちょっと小説の世界に入りこむなら、あれはスーパーマン自身が創造した世界と言えるのです。彼は、自分を万能にしなかったのです。なぜなら、「それでは面白くない」からです。

「涼宮ハルヒの退屈」(「涼宮ハルヒ」シリーズ第3巻。アニメでは「涼宮ハルヒの憂鬱」第7話)で、ハルヒは素人チームで野球大会に出場し、大学生の本格チーム相手に苦戦します。無自覚とはいえ、ハルヒの力なら、楽勝できたはずです。しかし、それでは面白くないのです。キョンを4番バッターに仕立てることだけでは力を使いますが、後は一緒に苦労して勝ちたかったのでしょう。

私が時々見るブログでこんなのがあります。
引きこもりだったのが、なんとか就職するも、職場で毎日嫌な目に遭い、仕事はうまくいかず、自分を責め、辛くて苦しくて仕方がない様子を切々と綴っています。
そんな状況を、人によっては、「今生での修行」とか言うかもしれませんが、「アンタ、そんなに修行が好き?」って聞きたいですね。
なぜそんなことをやってるかといいうと、「面白いからに決まってるじゃない」と言ったら、その人に怒られるかもしれませんけど、事実はそうなんです。
確かに、もう少し愉快に楽しめば良いとは思いますけど、後でより大きな喜びを感じたいのかもしれません。苦しいまま一生を終えても、仏教学者のひろさちやさんによれば、そんな人は、仏様から特別なねぎらいの言葉をいただけるようです。一方、端役で良いから、楽しい人生を送りたいという考えもあると思います(笑)。

本来の我々は万能過ぎるんです。思ったことは何でもすぐ実現する力があります。
でも、そんな力をいつも使ったら面白くもなんともない。
それで、自分の力に制限があるフリをして楽しもうと思って生まれてきました。
それと共に、別の目的もあります。「魂を磨くため」なんて真面目なことを言わないで下さい(笑)。まあ、結果としてはそうかもしれませんが、魂を磨くのに本来は苦労なんていりません。
「苦しみを味わってこそ優しくなれる」なんて歌がありましたっけ?しかし、苦しみを味わうだけなら、依怙地で嫌な性格になりますよ(笑)。
クリストファー・リープ主演版の「スーパーマン」で、スーパーマンが自分の意思で力を失うというものがありました。力を失った彼はひどい目に遭ったり、邪悪で強大な敵を相手に絶望的な状況にも陥ります。しかし、彼は力を取り戻す方法を見つけて、再び超人になります。そこで彼は、以前には味わえなかった超人の喜びを謳歌するのです。
我々も同じです。予定通り、もがき苦しみながら、万能の力を取り戻し、自分の本当の力を知って歓喜しなければなりません。
こう言うと、人生はまるでゲームのように感じるかもしれません。実際、その通りです。
そして、この世というゲームの下手なプレイヤーがいるものです。「私は下手なプレイヤーだ」なんてひがまないで下さい。下手なフリも計画通りなんですから。
ゲーム中、万能の力を取り戻すヒントが現れます。それを「光に触れる瞬間」と言う人が時々います。誰だって、光に触れる瞬間があるのです。
しかし、下手なプレイヤーは「楽に願いを叶えてはいけない」という思い込みのために、それを見逃したり、無視します。
ジョセフ・マーフィーの潜在意識の法則や、引き寄せの法則、あるいは、ザ・シークレットを読んでも、「こんな良いことがあるはずがない」と言って、これらを胡散臭く思うのもそのためです。まあ、そう思うのもまた、予定通りなのかもしれませんけどね。
あるいは、妙な形で信じてしまって、新興宗教に金を巻き上げられる人もいますが、それもまた予定通りです。
「無欲」というのもまた、ゲームの強力なアイテムの1つかもしれません。

うまくいかないこと、苦しいことは、決して懲罰的な意味でも、トレーニングでもありません。
楽しいことには思えないかもしれませんが、それが本当に楽しくないのではなく、ちょっとした誤解があって楽しくないだけなんです。
誤解を解けば、それはそれで楽しいですし、それが楽しいことが分かれば、もっと楽しいことを起こせます。

早めに億万長者なんかになると大変ですよ。人生はまだ長いのに、そんなのすぐに飽きますから。
億万長者の苦しみなんて大変なものです。彼らは、誰もやったことのないような、新しい楽しみを見つけないといけません。
自分の全財産を寄付してしまった億万長者の話があります。本にもなってます。
ビル・ゲイツは、新しい楽しみを見つけたようですが、十分かどうかは分かりません。私の知ったことではないですが(笑)。
心が豊かでないうちに金持ちになると、間違いなく苦しみます。まあ、そんな苦しみを知ることにも意味はあるのですが、普通は、心が成長しない間に富を築きにくいのは、わざとそうしているのだと思います。
だから、金持ちになりたければ、先に心を豊かにした方が良い。電車で割り込んで乗って席を取るなんてことをやっている間は金持ちなんかにはなりません。早い話が、損を避けている間は貧乏を楽しんだ方が無難です(笑)。
ダスキンって会社の企業理念って知ってます?その中に、
「自分に対しては損と得とあらば損の道をゆくこと」
というのがあります。社会的常識とは逆ですが、ピンとくるものを感じるはずです。これを嘲笑する間は、貧乏な方がマシです。


無一文の億万長者
本文でもご紹介しました、誰にも知られずに、膨大な財産のほぼ全てを寄付した大富豪の話。
幸福な成功者になるためには、人生の各分野でバランスよく成功することが大切で、大抵の場合は、いびつな歪んだ形で成功する(経済的には成功しても家庭的に失敗する等)ので、平凡な人以上にみじめで不幸になります。
まあ、富豪になる前に読んでみて下さい。

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Comments

本日のKayさんは なかなかテンションが高くて
 リズミカルな文体ともども 溌剌とした気分で読ませて戴きました。

そう……
 人生に限らず あらゆる生は
   原則的に言って ゲームに他なりませんね。
 手持ちのファイターが一機だけ という点において
みな 完全に平等な……。

 修行という捉え方をする人たちも たしかに多いでしょうけど
思うに
 修行も また 一種の自傷行為ではなかろうかと……。

ところが
 皮肉に というか
  面白いことに というか
 行き過ぎない程度のプレッシャーやストレスを敢えて受け入れていると
身体にせよ 心にせよ
 どんどん耐久力が増してくる……。
そして 自分では気づかぬうちに
 以前はとても耐えられなかったような物事を
  楽々と受け止めて
 更には 自分のほうから 攻めている
なんて状況が常態になってきたりしますよね。

 きっと 苦を苦とも感じないタフさこそが
いわゆる 成功への鍵の一つなんでしょう。


 あのぅ ところで
  昨夜 投稿した自分のブログ記事から
 1月5日の記事 「一番優しい人」 にトラック・バックをかけた (つもりな) んですけれど
  もし よろしかったら ご承認お願い致します。

Posted by: Minr Kamti | 2010.01.14 at 07:05 PM

素晴らしいコメの後に恐縮ですが・・・

「名に迷う 浮世の中のおおたわけ
我が名も知らぬ者となれかし」って
至道無難禅師ではありませんでしたか?

Posted by: taku | 2010.01.14 at 11:25 PM

★Minr Kamtiさん
人生とは楽しいですし、楽しいのが人生ですね。
人生って、面白いに決まってますので。

トラックバックの件ですが、営業トラバが多いので、見逃していたのかと思って再度よく調べましたが、来てないように思います。


★takuさん
存じませんが、良い歌と思います。

Posted by: Kay | 2010.01.15 at 06:19 AM

心はなぜ世界を創るのか?と意味がわからないタイトルなので気になって読んだら、すごい生地だと思います。どのくらいしすごいのか・・・それはここにコメントを書きたくなるくらい。、人生の考え方がひっくりかえるような衝撃うけました。

Posted by: Y | 2010.01.16 at 05:57 PM

★Yさん
私も驚いています(笑)。
ではそろそろ、超人として人生を楽しみましょう。

Posted by: Kay | 2010.01.17 at 07:31 AM

そうですね。ここで私も力を取り戻す方法を見つけました。スーパーマンに戻れそうです(笑

Posted by: Y | 2010.01.17 at 11:38 AM

★Yさん
いえ・・・既にスーパーマンなんですね。そこが肝心。

Posted by: Kay | 2010.01.17 at 10:50 PM

 世界を創造することが出来るのは、天然自然の存在の創造主である神のみ。
 人の心に自らの人生と文化・文明を創造することが出来る能力が備わっているのは、人は創造主である神の化身かつ分身の存在に造られているので、その心とその働きは、まさに創造主である神の心そのものだからです。
 なお、創造主である神が造る世界は天然自然の世界。
 人は天然自然の世界の創造の過程の最後に生まれた創造主である神の化身かつ分身の存在。
 人が作るのが人類史。
 人類史は人が作るものです。
 この創造に創造主である神は直接は関与しません。
 一般法則論のブログを読んでください。
  一般法則論者

Posted by: 一般法則論者 | 2010.01.20 at 12:00 AM

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