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2009.12.11

ケルト文化と日本文化

ケルト人とは、ケルト語系と総称される言語が話される国の人々のことで、現在では、アイルランド、スコットランド、マン島、ウェールズ、及びブルターニュといった国々がそれに当たります。
ケルト人は、1つの定まった国があるわけでもないのに、古代から現在に至るまで民族意識を持ち続けるばかりか、ケルト神話やケルト音楽などの世界中の多くの人々を虜にする文化を持っています。
やはり祖国を持たず、放浪と迫害の苦しい歴史を耐え抜いた民族にはユダヤ人があります。
ユダヤ人は、科学の重要な理論を構築した天才科学者を多く輩出し、ビジネスでも、世界経済を支配すると言われるほどの力ある者が沢山います。また、一般の人においても、ユダヤ人は頭脳が優秀であると言われます。
このように、ユダヤ人には知恵と力のイメージが強いのですが、ケルト人には芸術等に、深い精神性を感じます。

対して、日本人は、古代から、海に囲まれた1つの島国に住み続けていますが、現在では日本人の多くが日本人である自覚を失い、愛国心も希薄になってきているように思われます。ただ、それは政治的な理由も大きく、日本人が自ら祖国をないがしろにした訳でもないように思われます。
しかし、ケルト人や、あるいは、ユダヤ人のことを考えると、民族としての強さ、豊かさは、国家体制ではなく、文化や精神性によって決まるのかもしれないと思います。そして、実際に日本はひ弱な国に成り下がり、そして、ますます、崩壊に向かって進んでいるように感じられてなりません。

ユダヤ人は、そもそもがユダヤ教を信仰する人々のことであると言われるほど、ユダヤ教を固く守り続け、聖典タルムードの権威は衰えません。
ケルト人もまた独特の宗教を持ち、それは自然崇拝の多神教でした。確かに、キリスト教が普及した時代もあり、現在では、独自のキリスト教を信仰する人々も増えているようですが、独自の文化は生き続けています。

日本にも、かつては、海外から賞賛される独自の文化がありました。
宗教においては、現在はほとんどの日本人が仏教徒ですが、実質的には無宗教と言って良いかもしれません。しかし、多くの日本人が新年の初詣や子供の七五三には神社にお参りをし、家を建てる時には神主さんにお祓いをしてもらう等、ごく自然に神道の行事が行われています。
日本の神道は、宗教というよりは民族信仰と言った方が良いのですが、ケルトの宗教と同様、自然崇拝の多神教と言えます。そして、神道には共生の心があり、仏教や儒教、あるいは、道教と結びつきましたが、神道としての独自性は失っていません。
現在、神道は、宗教としては普及しているとは言えませんが、上にも述べました通り、日本人にとっては、まるで空気のように自然に存在するものです。しかし、その伝統も、形骸化してきており、本質を失っているかもしれません。
その他の日本の文化も消え去りつつあります。
対して、ケルト人の文化は、最初に述べました通り、世界的な評価を持つ独自のものもあり、決して失われる様子はありません。

日本という国がなくなっても良いというのも1つの考え方ではありますが、もし素晴らしい国として存続を願うのであれば、やはり風土や伝統に根ざした独自の精神性や文化がなくてはなりません。
日本の文化は、ユダヤ文化やケルト文化のように、何かに集中したものがなく、柔軟に外部のものを取り入れ、独特ではあっても、複雑で分り難い面もなくはありません。しかし、やはり非常に素晴らしいものがあり、海外からの訪問者を虜にする場合も少なくはありません。ただ、日本人にとっては、やはり空気のように自然なことであるせいか、文化の継承のための特別な努力をしなかった点があるかもしれません。
そして、第二次世界大戦で敗戦国となり、日本の伝統文化を否定されて西洋文明を押し付けられ、精神的にも西洋崇拝に陥ってしまいました。
葉室頼昭さんのように、神道を通して日本文化の復興に尽力された方もいますが、何が日本本来の文化であるかというと難しいところが無いとは言えません。葉室さんは、世界最高の形成外科医として活躍する傍ら、50歳を過ぎてから神道を猛勉強し、春日大社の宮司にまでなると共に、全くの無報酬で数多くの著書を書いて神道の教えを分り易く説きました。

現代日本の最高の思想家である、吉本隆明さんは、国家とは実に民族の中の幻想であると言い、「共同幻想論」という歴史的な思想書を書きました。
それでいえば、ユダヤ教も、ケルト文化も、神道も、民族の中の共同幻想であるということになります。
ただ、特定の支配者の都合、あるいは自我により国民に植え付けられた幻想ではなく、自然に民族の潜在意識に刻み込まれた伝統文化であれば、やはり民族にとって自然で、幸福に繋がるものかもしれません。

尚、葉室頼昭さんは、「古事記」を読むことと、神道の祝詞である「大祓詞(おおはらえのことば)」を唱えることを強く薦めておられました。
私は、葉室さんの本の大半を読んで納得し、今年、大祓詞を5千回以上唱え、「古事記」も何種類か読みました。
「古事記」は、一見御伽噺のようですが、深い意味が込められているのだと思います。しかし、それが分らなくても、心の中に感応するものがあるようです。最近では、素晴らしい気付きも得られたように思います。
大祓詞は、最初の頃は、一日一回唱えるのもおっくうで、唱えるのを忘れてしまうこともありましたが、現在は、これを毎日十回唱えるのが至福の時になっています。
一頃、日本政府が国民の思想統制のために作り上げた国家神道ではなく、教義も聖典も持たない、自然と共生する日本人に息づく神道の心を学ぶことで、我々は日本人らしさを取り戻し、独自でありながら世界に優れた影響を与える国になるかもしれません。


「神道」のこころ
春日大社の宮司であられた葉室頼昭さんの、おそらく一番最初の著作です。これほど、神道を形式ではなく、その真髄を分り易く教えてくれる人はいないと思います。
葉室さんの他の本も読んでいただければと思います。葉室さんは、数多くの神道の本を書き、ほとんどがベストセラーでありながら、報酬は一切自分のものにしなかったようです。

大祓 知恵のことば―CDブック
私も、大祓詞を、この本とCDで始めました。
この本に書かれた葉室頼昭さんの「大祓詞」の説明や、唱え方は読んでおかれることをお薦めします。

ケルト妖精物語
アイルランドに何世紀にも渡って語り継がれる民話の中から、特に妖精に関するものを、W.B.イェイツが編集した名著です。
イェイツは「20世紀最大の詩人」と言われるノーベル賞も受賞(1923年)したアイルランドの詩人・劇作家で、自らをケルト人であると言っていました。イェイツは日本の能に魅せられ、劇に能の手法を取り入れていました。

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Comments

時々読ませていただいております。

今日はケルトに反応しました。
愛地球博のときに立ち寄った、アイルランド館の歴史的な雰囲気が日本の自然崇拝、太陽信仰と同根な感じがして、とても興味を覚えました。なぜか、懐かしさを覚えるのです。どこかの遠い記憶のかけらを見つけたようなそんな感覚でした。もちろん、アイルランドに興味を持たせる、観光誘致の目的も意図に大きく含まれると思いましたが、日本人の感覚に通じる部分は多いと思いました。いつか訊ねてみたいと願っております。
エンヤも大好きです。

Posted by: ハマナス | 2009.12.11 at 02:21 PM

★ハマナスさん
私も、アイルランドには不思議なノスタルジを感じます。やはりどこか日本に通じるものはあるのかもしれません。
同時に日本文化を大切にしたいと思います。
エンヤは素晴らしいと思います。ただ、まだじっくりと聴いたことがありません。是非、聴きたいと思っております。

Posted by: Kay | 2009.12.11 at 11:48 PM

ケルトは僕も好きです。
多神教で日本と相性が良いのも勉強しました。

何故か、RPGとかのゲームの名作には、
ケルトな雰囲気のものが多いです。
ノスタルジックさが人々を惹きつけます。

それから、日本の文化の継承・・・
ゲームにそれを見出してそうな人とか、
心当たりがあります。

Posted by: Raimu | 2009.12.12 at 11:33 AM

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