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2009.12.06

天使のように軽くなる秘訣

謙虚とは、自分を低く見積もることではありません。
他人に対して、自分が劣っていると思うことでもありません。
現在の自分が本来の自分でないことを認識することです。
自分は、いくら高く見積もっても構いません。
極端に言えば、神様だと思っても差し支えない。実際にそうなのですから。

対して、慎みとは、欲望を捨てることです。
欲望とは重力です。
捨てれば軽くなります。
ある世界的な作家は、天使が飛べるのは自分は軽いと思っているからだと言ったようです。
これを、天使は自分を重要視していないという意味に解釈した人もいます。
確かに、最も大きな欲望とは虚栄心です。それを捨てれば、最も軽くなり、空だって飛べます。

虚栄心を捨てるのは難しいものです。
年を取った立派な人格者が言います。物欲などの大方の執着は捨てられたと思う。しかし、名誉欲だけはなかなか捨てられないと。

昔から、「心が軽くなる」とか「重荷を背負う」といった表現をよくしますが、これは人間の実感です。
また、仏教で、死と人間の完成を共に成仏と言うように、西洋では昇天と言いますが、これも欲望を捨てて重力の支配を免れたことです。
日本でも昔から、神人が空中に浮かんで消える伝説がよくあります。

食を慎めば、当然身体は軽くなります。それとは別に、心も軽くなります。
不自然なダイエット食では、仮に痩せても身体も心もかえって重くなります。痩せればいいってものではありません。
さらに、性欲や物欲が消える度に、どんどん軽くなります。
私は、ニサルガダッタ・マハラジがよく人々に指示していたように、「私は在る」という感覚を持ち続けていましたら、階段を下りるとき、まるで重力が消えて、そのまま空に浮かんでしまうのではないかという気がして驚いたことがあります。我々が最終的に確信できることは、「私は在る」ということだけです。それにしがみ付く限りは欲望はありませんから。


アイ・アム・ザット 私は在る―ニサルガダッタ・マハラジとの対話
煙草屋を営む、貧しいただの老人は、実は驚くべき賢者だった。彼の存在が知られるようになると、小さな街の裏通りにある、彼の小さな家には世界中から人々が訪れた。
最終的な解脱のための教えも説くが、問われれば、ごく世間的なことや、親との葛藤についても、驚くべき英知で答えた。
よって、1973年の出版以来、現代随一の聖典と絶賛される本書は、あらゆるレベルの人間に有益であると思う。

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Comments

いつも読んでいます。
私もニート状態から禁欲と小食を通じて、最近ようやく重荷が軽くなってきたように感じられます。

そこで思うのですが、小食という事は罪悪感の清算ということのひとつの現れではないのかという事です。ニートだった人や不当に多い賃金を得ている人はその事について潜在的に罪悪感がつのっていくのだと思いますが、また一方で「働くざるもの食うべからず」という言葉が日本人には染み付いています。ならば食わない。ならば私は許される。そういう思考回路だったんではないかと思う今日この頃です。kayさんはどう思われますか。

Posted by: sakumas | 2009.12.06 at 07:59 PM

★sakumasさん
「働かざる者・・・」は聖書の言葉です。
おそらく、非常に多くの国で根付いている言葉です。
罪悪感の解消のために少食を実践するような律儀な人がいるのかは疑問です。
少食など、禁欲的態度は、前向きな感情から始まるように思います。

Posted by: Kay | 2009.12.07 at 06:43 AM

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