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2009.12.19

極楽浄土に行く方法

法然上人や、その弟子であった親鸞聖人は、「南無阿弥陀仏」を唱えれば、死んだ時に極楽浄土に生まれ変わることができると言った。
伝記などを見てみると、2人とも知能指数は大変なものであったと思う。
その大天才の法然上人が何十年も貴い書を学んで確信した結論だし、人間的にも本当に聖人だったそうだから間違いあるまい。
親鸞聖人は、それは信じているが、やはりこの世にも未練がある。それが煩悩だなあと言われたらしい。
しかし、私は、行けるものならさっさと極楽浄土に行きたいという気もする。
そこで、さっさと死ぬことにした。
だが・・・
死ぬって、どういうことだろう?
ビルの屋上から身を躍らせたら本当に死ぬのだろうか?
私には、とてもそうは思えない。
信じてもらえないことが多いと思うが、私はそこかしこに、死んだ人が見えるのだ。彼らは・・・死んでない!
だがある時、誰もその人が死んでいるとは思わないのだが、確かに死んでいる人を見た。
彼は、普通に生活している。つまり、働き、食べ、話し、遊んだりしている。
しかし、死んだ人のやることは少し違う。主張もしなければ文句も言わない。人並に何か欲しがることもあるがあまり執着しない。買い物をする時も、必要なものは買うが、他人に印象付けるために買うことはない。着心地が良ければ、何も着ても平気だ。
つまり、彼は心が死んでいるのだ。
早速、彼に死に方を教わり(そのために少しは苦労したが)、南無阿弥陀仏を唱えて死んだ。
思った通り、世界は極楽浄土になった。
世間の人は、私が死んでいるとは思わない。そりゃそうだ。私だって、自分が生きているか死んでいるかなんて区別が付かないのだ。

ああ、そうだ。死ぬ方法だが・・・・
「南無阿弥陀仏」自体が、それになっている。
この言葉の意味は、「阿弥陀仏様に命を捧げます」って意味だ。
昔の人の場合、そんな説明をしても分らないので、法然上人も親鸞聖人も余計な説明はしなかっただけでね。
つまり、全て、阿弥陀仏様におまかせしますっていうことだ。
尚、阿弥陀仏は、心を向ける対象であり、仮の姿であり、何でも良いと言えば何でも良いのではないかと思う。
黒住宗忠は、天照大神様に一切合財まかせよと教えたし、ラマナ・マハルシは、神様に自分を全て明け渡すのが、一番簡単な幸福になる方法と言った。本当の教えってのは、全て同じと思う。
ラマナ・マハルシは、神様に全託したからには、人生の責任を全部、神様に負ってもらえと言ったらしい。随分勝手な言い草にも聞こえるが、人生失敗続きだった35歳のクリスチャンのある男性は神様に、「これまでの失敗は私の責任だが、これからはあなたが責任取ってよ」と祈り、翌日に奇跡が起こり、その後、大成功した。

余談だが・・・
阿弥陀仏、天照大神が共に、AMの音で始まっており、共に、マントラ(真言)になっている。
南無阿弥陀仏は、前に南無が付くが、これもAMに近い。南無は、インドの言葉では「オン」となるらしいが、英語ではAUMで、更にAMに近い。
※天照大神(アマテラスオオミカミ)と唱えることを十言の神咒(とことのかじり)と言い、神道の流派の中には、最も貴い真言としているものもある。
キリスト教の「アーメン」(ヘブライ語)もAMの音で始まる。
上の、「南無」あるいは「オン」と関連するかもしれないが、インドのヒンズー教だと思うが、宇宙最高とされる真言、あるいは聖音は「オーム」だが、英語ではAUMと綴る。
偶然としても面白い。尚、英語のAMは、「愛」を意味するらしい。
ただ、ラマナ・マハルシは、最高の真言は「私」と言った。「オーム」でさえ2番なのだそうだ。自分に対し、常に「私」と心で呼びかければ、神と一体となると言う。
「マスターの教え」「アイ・アム・ザット」「ヒマラヤ聖者の生活探求」などの書には、最も貴い言葉として、“I AM THAT I AM”、“I AM THAT”、“GOD I AM”が上げられている。


マスターの教え
著者、来歴不明の1929年にカリフォルニアで出版されたらしい不思議な知恵の書。人生の状況を支配する、最も簡単で確実な方法とされる。

アイ・アム・ザット
インドの小さな町の小さな家に、ごく普通に暮らしていたその老人は偉大な聖者だった。世界中から彼を訪れる者が増え、出版されることになった、人々と彼との対話集がこの本だ。
彼は、慈愛に満ち、易しく素朴に人々に教えを授けたが、その言葉の、単純ながら驚くべき貴さ、深遠さには驚くばかりだ。

ヒマラヤ聖者の生活探究 第1巻
19世紀、アメリカの科学的な調査隊がヒマラヤを訪れ、驚くべき存在と出会った。著者はアメリカに戻り、その記録を書いて本書として出版したが、調査隊の中にはヒマラヤに残った者もいた。
人は決して、地上に縛り付けられたみじめな存在ではない。イエスのように水の上を歩き、時間も空間も超える人達。いかなる時を経ても老朽化しない太古の建築物。それらの秘密が全て明かされる。そして、調査隊の者達も、やがて、これまでには考えることもなかった能力を自然に発揮しはじめる。

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Comments

会社で嫌な事があって悶々としていたのですが、「神様に責任を取ってもらえ」との言葉でスーッと気が楽になりました。
全ての出来事は自分の責任だと考え込んでしまっていたのですが、霧が晴れたようです。
素晴らしいヒントをありがとうございました。

Posted by: さるさる | 2009.12.26 at 08:23 PM

★さるさるさん
それは良かったですね。
クヨクヨするのは良くありません。
一休さんも「心配するな、なんとかなる」と遺言しましたし、ある偉大な聖者も「神はいかなる重荷にも耐える。あなたが苦労する必要はない」と言っています。
尚、私の記事中の「神様、責任取って」と言ったのは、夏目志郎という、世界的企業の営業マンとして、6年連続世界一となった立派な人物です。35歳までは借金だらけで返済の道は何もないという人でした。

Posted by: Kay | 2009.12.27 at 07:31 AM

Kayさん

お返事ありがとうございます。
コメントを書いた後、暫くしたらまた悩みがふつふつと湧いてきたのですが、先程、某ブートキャンプ(一年以上流行から乗り遅れていますがw)をして、自分を追い込んでいるうちに、「何を言われようが知ったこっちゃない、それでもただ俺は生きるだけだ」というような想いが出てきまして、かなり落ち着きました。
教えを知り、実行するだけではなく、脳幹へ刺激を与えることが効果を出す事につながるのだと認識した次第です

明日から少食とトレーニングを日課として行っていきます。
夏目志郎さんについても調べてみます。

携帯から失礼しました

Posted by: さるさる | 2009.12.28 at 09:01 PM

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