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2009.12.27

愛という言葉への抵抗

日本人の、特に男性が「愛」という言葉に、どこか抵抗を感じるのは、気恥ずかしさもあるだろうが、もっと深い原因があるように思うし、それは実はまともな感覚ではないだろうか?

日本人の意識の奥には、神道、仏教、儒教、道教が深く共生しているように思う。
ところが、これらはどれも愛を説かないのだ。
今回は少し、仏教を少し取り上げる。
仏教では、愛してはならないとさえ言う。愛は、人が言う限りは執着でしかない。道教もそうであるが、仏教は執着を強く警戒する。
仏教では、愛ではなく、慈悲が重要である。慈悲の「慈」とはいつくしむことであるからよく分かるが、「非」がわかり難い。これは、あわれむことである。人の中に苦が見えるから、仏(如来)はそれをあわれむのである。
普通にも、「お慈悲を」と言うとき、それは、「あなたには私の苦しい状況が分りますでしょうから、情けをかけて下さい」という意味であろう。

私は、愛などという言葉を無神経に使う輩が、はっきり言って好きではない。
わけの分からない言葉で独断を押し付ける傲慢な者と感じてしまうのだ。
それについて、以下に説明する。

「20世紀最大の詩人」とも言われる、アイルランドの詩人、劇作家であるW.B.イェイツ(1865年生。1923年、ノーベル賞受賞)は、おそらくは、ロマン・ロランの言う大洋感情と同じと思われる意識状態をよく体験し、それについて詩はもちろんエッセイを書いてもいる。
大洋感情とは、万物と一体化したような没我の体験である。その時、「全て良し」と感じ、ほとんどの場合、至福を感じる。イェイツはもちろんだが、ドストエフスキー、ショー、エリオット、夏目漱石等、世界的作家の作品には、それであろうことが、おそらくは必ず出てくると言えるものである。
私は、アメリカの著名な心理学者のマズローの言う「至高体験」も同じものであると思う。尚、マズローと親交のあった英国の作家コリン・ウィルソンによれば、至高体験は実際はありふれたもので、誰でも経験していると言う。マズローも後にそれを認めたようだ。
以下では、この意識状態を大洋感情とする。

※「至高体験」は、英語で“peek experience”であり、「絶頂体験」と訳した人もいる。絶頂体験は性的エクスタシーを感じさせる言葉だが、実際、そのようなものでもあるとも言われる。また、英語のエクスタシーとは没我という意味である。ロマン・ロランの大洋感情は没我の状態を示すのであるから、まさに大洋感情と至高体験は同じものであると言える。イェイツは、芸術の目的はエクスタシーであると言ったが、これは岡本太郎の「芸術は爆発だ」とも通じるように思う。岡本太郎も親交のあったフランスの作家ジョルジュ・バタイユは、性的エクスタシーは小さな死の体験と言ったが、言うまでもなく、死は没我の典型的状態である。

イェイツは、大洋感情のような没我的体験がどのように起こるのかは分らなかったが、、「憎むのをやめた時に起こるように思う」と言ったようだ。さらに彼は、「愛は神の領域であり、人には分からない。しかし、憎しみは人の領域であるからよく理解できる。人は愛することはできないが、憎むのをやめることはできる」と言う。
イェイツは、自伝的小説「まだらの鳥」で、絶世の美少女マーガレットの美しさについて、「あまりに美しいと、かえってあわれみを感じる」と書いていた。私にはこれが仏教的に感じる。あまりに美しいと、苦があるのである。イェイツ自身を投影した主人公マイケルは、真の意味でマーガレットを愛していたのかもしれないが、マイケルにはどこか戸惑いがあった。しかし、慈悲の心を感じたのだ。マーガレットが別の男に嫁いでも、マイケルのマーガレットに対する気持ちに変わりはなかった。

このように、慈悲は、いつくしみ、あわれむことであるが、仏や菩薩の特性も慈悲にある。
法然や親鸞、あるいは、一遍が民衆に説いた教えは、ただ「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えれば、死後、極楽浄土に生まれることができるというものであることをご存知かもしれない。
それだけでも、民衆には非常に有り難い教えであるが、では、死ぬまでは何も恵みはないのであろうか?
実は、現世においても、念仏を唱える者には、観世音菩薩や勢至菩薩といった菩薩(仏になる前の段階にある者)が、その者がいかなる悪人でも決して嫌うことなく、常に寄り添って守護するとされていることは、あまり知られていない。
これこそ、仏の慈悲の心であるが、法然や親鸞の著書には、そのことが、経典に書かれていることを指摘する箇所もある。また、一般にもよく知られている「歎異抄」(親鸞の言葉を弟子の唯円が記した語録)も、注意深く見れば、そういったことが確かに書かれているのである。

これらの証拠である、法然や親鸞の書を以下に紹介する。
尚、「歎異抄」については、非常に多くの現代語訳があり、どれが最も良いか私には分らない。歎異抄は、その素晴らしさと共に、分かりやすく親しみやすいので、仏教の信仰を超えて人気があるのである。この書の最後に「門外不出」とあるに関わらず、海外でも広く読まれ、マルクス主義者にも愛読者がいるほどである。
このように、歎異抄自体が平易なものなので、現代語訳はどれを選んでも大差は無いのではと思う。とりあえず、私が読んだものを紹介する。いずれも、読みやすい現代語訳で、詳しい解説も付き、分りやすかった。


選択本願念仏集
法然の論文です。全16章から成りますが、決して長いものではありません。
内容は、「浄土三部経」(「無量寿経」、「観無量寿経」、「阿弥陀経」の3つの経典)と、中国の高僧である善導の文章から選択して引用し、さらに、自分の意見を含めて、念仏の意義を明らかにしたものです。
内容は難しくはなく、少し根気があれば誰でも十分に読めると思います。

唯信鈔文意
法然の兄弟子である聖覚(せいかく)の書いた唯信鈔の中の重要な部分について、親鸞が注釈したものです。
唯信鈔は、念仏の意義を語ったものであり、親鸞は弟子にこれの熟読を薦めていたと言われます。短く、易しい文章であると思います。

歎異抄(本願寺出版社)
浄土真宗の本山である本願寺が出版した歎異抄です。非常に分りやすい現代語と解説の文庫本です。

歎異抄(梅原猛訳)
神道、仏教の研究者として名高い梅原猛さんの歎異抄です。非常に分りやすい現代語訳と、丁寧な解説により理解しやすいものです。
梅原さんは、年を重ねても、研究の姿勢は恐ろしく情熱的、献身的で、妥協がありません。それを私は、2006年の「歓喜する円空」で思い知ったように思います。

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Comments

慈悲と言う言葉には深く共鳴出来ます。
いつくしむ、相手の悲しみさえも我が心としていつくしむ、、だなんて、、
こんなに厳かで深い言葉はないですね。
「愛」も悪くはないですが一転してその向こうに見え隠れする「憎しみ」が超怖ろしい気がします。
え?!ポイントがズレてるって?
まぁ、、そう言わないでよん、、
こんな無邪気で可愛い私ですが(って、おい!)来年もまた宜しくお願い致しますね。
しかし、すっごいですね、このブログは、、、
こんだけ中身がある内容を毎日は書けないものですが、、
ちょっと、、アナタの頭の中を見てみたい気がします。

Posted by: 華文字 | 2009.12.27 at 06:41 PM

★華文字さん
いえいえ、ポイント、ドンピシャです。
実は、最近、華文字さんを可憐に感じてきているのです(もともと可憐だって話は置いといて)。
華文字さんに、心境の変化ありましたでしょう!・・・なんて、占い師がよくやる手ですね^^;

>こんだけ中身がある内容を毎日は書けないものですが、、

いえ、単に優秀なだけですから・・・
ばきっ!ベキッ!ボコッ!
すいません、暇なだけですぅ・・・

Posted by: Kay | 2009.12.27 at 07:25 PM

ジャン・クリストフの中で
電車でほんの2,3秒見た女性を
何十年も忘れられない、という描写が
あったように思います。
わかる気がするんですよね。

しかし貴方も地獄見すぎですよ・・・

Posted by: taku | 2009.12.28 at 12:13 AM

仰るとおり
 「愛」 なる言葉には抵抗……
というか
 強烈な違和感を覚えますね。

世の人たちは
 あまりにも安易にこの言葉を使い過ぎる……。
そもそも
 その定義からして甘すぎる……。

「至高体験」 の下にある
 W.B.イェイツの言は素晴らしいですね。
そのとおり……
 自他に対する正直で容赦のない目をもってすれば

  人間には愛することなどできない

 ということが解るはずなのです。

Posted by: Minr Kamti | 2009.12.28 at 03:25 PM

★takuさん
「市民ケーン」では、若い時に一瞬見ただけの白いパラソルの少女をいつまでも憶えている老人の話があります。


★Minr Kamtiさん
愛という言葉は、まず定義してから使うのでなければ、とてもではありませんが共通認識にはならないはずですよね。

Posted by: Kay | 2009.12.29 at 06:36 AM

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