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2009.12.03

まず願うこと

少し前、波動ブームというものがありました。
成功や幸福といったものの原因を波動という考え方で説明しようというものですが、まさに玉石混交(優れたものとつまらないものが入り混じっていること)という状態でした。
その頃に書かれた本だと思いますが、中島孝志さんの「波動経営」(ダイヤモンド社)という本があります。
その中で、それが波動とどういう関係があるのかまでは憶えていませんが、非常に印象に残っているお話があります。
松下幸之助さんが、講演会で、今後の企業にはダム(蓄え)が必要と言ったそうです。すると、受講していた1人の経営者が「私のところのような中小企業ではダム経営は難しい。最初に何をすれば良いのですか?」と質問したところ、松下幸之助さんは、「それは簡単です。ダムが欲しいと願えば良いのです」と答え、爆笑を誘ったそうです。しかし、それを聞いて、「まず願うこと・・・そうか!」と納得したのが、京セラの稲盛和夫さんでした。

稲盛和夫さんは、「まず願うこと」で納得したのだと思います。しかし、他の受講者はそうは思わなかったようです。
松下幸之助さんや稲盛和夫さんにはそれで良いのでしょう。なぜなら、願ったことを実現させることが出来る可能性があると考えているからです。
しかし、普通の人は、「どうせ無理」と考え、可能性を認めないことが多い。
松下幸之助さんには、このあたりの普通の人の感覚が分からないのではないかとも私は思います。
普通の人には、まず、「どうすれば、可能性があると思えるようになるのか?」の説明が必要かもしれません。
これを無理に、「可能性はある。絶対できる」などと自分に言い聞かせても無駄です。なぜなら、凡人には、それを納得する理由はないからです。百回肯定しようが千回肯定しようが同じで、むしろ、無理矢理肯定することで心の葛藤を生みかねません。

しかし、誰でも、人生の中で、奇跡的に想いが叶った時が、かならず一度や二度はあるはずです。それを思い出せるかどうかが大事ではないかと私は思います。
誰かに逢いたいと思った時、そのすぐ後に偶然出逢った。
誰かに電話をかけようと思った時に向こうからかかってきた。
そういった、なにげなく見過ごしてしまいそうなことを思い出し、想いを巡らせてみれば、それが偶然でなかったことが分かるかもしれません。
それを思い出せば、どんなこともひょっとしたら可能性があるのではと思えてきます。あくまで可能性です。わずかでも良い訳です。そして、わずかな可能性ならあって当たり前と思えるはずです。
その時に、成功への道は開けていくのだと思います。

尚、波動に関しては、かつてはやはりおかしな理論がまかり通っていたかもしれません。
意識と関連した波動については、量子物理学の中の考え方と捕え、現実世界の波動とは区別した方が良いと思います。


大きく考えるための小さな本
何度もご紹介しますが、世界的量子物理学者フレッド・アラン・ウルフの量子物理学に基いた思想書です。
「思いや考えは物質化する」ことを量子力学の考え方で説明しています。決して難しい本ではありませんが、頭の固い人にはわけが分からないかもしれません。
翻訳者の「99.9%は仮説」で有名な竹内薫さん(理学博士)は、文系の人には、本書が量子論の考え方の入門書になると前書きに書いています。実際、「量子力学が簡単に分かる」といったタイトルの本は少なくありませんが、実際によく分かった人はあまりいないと思います。その理由は、「考え方」をすっ飛ばして理論を分からせようとするからかもしれません。本書は、量子力学の思想を語るものです。
成功法則についても、本書を学ぶことでよく理解できるかもしれません。私はそう思います。

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Comments

suntaです。ご返事ありがとうございました。

山田鷹夫氏が有害なものを食べても平気だったというのは嘘を言ってるとは思いませんし、人間の体が素晴らしいということも納得は出来ますが…

人によってやり方はいろいろあるのでしょう。

ただ私は、私たちは物質界の存在でもあるので、精神的なものの追求だけでなく物質的なもの(食べ物など)の追求もするのが本筋だと思っています。
それに物質的なものの追求の方が比較的簡単なのでやらない手はないと思います。

また、私は一般的な人・庶民の基準を少しは受け入れるというありかたは正直気が進みません。
せっかくの勢いを失速させる方向に行くと思うからです。

引き寄せの法則のエイブラハムはかなり個性を重視していて、人や世間に合わせて生きることを完全否定しています。

不食についてですが、少食菜食の究極の目標は不食だと思っています。
山田鷹夫氏の言う通り、動物の命は奪ってはいけないが、植物の命は奪っていいというわけではないと思います。
全体ではなく1部を収穫して命を奪うことにならないよう配慮するやり方もあるらしいですが。

あと、「少食菜食道を究める」とは「少食菜食を継続していく」程度の意味で、単なる文章上の表現のつもりでした。まぎらわしくて申し訳ありませんでした。

ちなみに、在日特権のコメントは削除されたのですか?
日本を揺るがしている在日特権や外国人参政権などの大問題に勇気を持って取り組まれておられる憂国の士の方々の力に出来ればなって欲しかったです。

Posted by: sunta | 2009.12.03 at 11:59 PM

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