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2009.12.09

学ぶほどに世界は混乱する

翻訳に関わったことのある者なら、その限界を感じているに違いない。

ゲーテやイェイツなどの偉大な詩人の詩を翻訳で読んでも、それはすでに半分以上、翻訳者の詩であると思って良いのではないだろうか。
高遠な思想や哲学なども、翻訳される際に、大部分が歪められてしまう可能性があると思うし、それらの奥深くにある重要なもののいくつか、あるいは、大半が失われることもあるに違いない。
写真で言えば、微妙なコントラストに意味がある美術品も、性能の低いレンズで撮影すれば平均化されぼやけてしまうようなものだ。ドイツのカール・ツァイスのレイズが高価なのは、解像度よりもコントラストの再現性が高いからだ。

それなら、苦労してでも原語で読めという人もいる。日本人なら英語はある程度は学んでいるはずだから。
しかし、ほとんどの場合、低い英語能力で原文を読むのに比べたら、専門の翻訳者が訳したものを読むほうが数百倍マシと思う。
プロが訳したものに50パーセントの齟齬があるなら、英語に慣れていない者が読んだら90パーセントの誤読で済めば奇跡ではないだろうか?

同じ日本人が日本語で書いたものですら、著者の真意の30パーセントも伝わらないものなのだ。
ましてや、言葉の問題だけでなく、環境や慣習といったバックグラウンドの全く異なる人の書いたものなど、まともに理解できると考える方がおかしいと思う。

これらのことは、もちろん、技術書のようなものは含まないが、ご存知と思うが、日本の役人が書いた我が国の法律を外国語に訳した場合は、この程度で済まない。日本人にさえロクに理解できないのであるから。
尚、日本国憲法は翻訳なのである。日本人が作ったのではない。解釈に大きな相違が出るのは当然である。

しかし、だから翻訳を読むなというのではない。
翻訳を読むなら、そんなものだと認識して読めば良い。
そして、大切なのは、自分の考えであるのだ。何かを学んだ後、自分が何を知り、自分の考え方がどうなったかに注意しないといけないのだが、学校では、そのようなことは決して教わらなかったはずだ。ただ、権威ある知識や考え方を憶えさせられただけではないだろうか?
そして、世界は、自分が知ったことや考え方を反映するものだ。世界に違和感があり、心地良くないなら、我々の知ったことや考え方がおかしいのかもしれない。世界と自分の心をよく観察してみることだ。

ある程度客観的と思われる科学や技術は大いに学ぶべきである。
ただし、それすら、ある程度の疑いの気持ちを忘れてはいけない。
技術は古くなるし、科学は間違いがバレることも多い。
ただ、時代を超えて生き抜く真理もある。それを見出したいものであるが、それは我々の内側にあるのだと思う。大切にしないといけないのは、我々の内側にあるものである。


自己信頼
著者エマーソンは、幼い時ですら、教会の権威に疑いを持ち、闇雲に従うことを拒んだ。それが悪魔のやることとと言うなら、悪魔になり切ろうと思ったと言う。そんなふうに自己を信じることは、アメリカの学校でも日本の学校でも決して教えていない。だが、本当は、あなたもそんなふうに生きたいのではないだろうか?

精神について (エマソン名著選)
上にご紹介した「自己信頼」を含む、エマーソンの9つの論文。やや難しい翻訳であるが、本文に書いたことからも考えられるように、異なる翻訳を読むことには意味がある。
また、本書の最初の「歴史」は、これまで見たことも聞いたこともない教えであるが、私は驚愕と感動を憶えた。そして、これは自己信頼を増す上でも非常に有益な考え方と確信した。

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