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2009.09.15

お金はいくらでも出来る

明治、大正の偉人、岡田虎二郎が、金に窮乏していることを訴える男に言った。
「金?腹に力が付けば、金はいくらでも出来ますよ」

私は、この岡田虎二郎と、江戸時代末期の神道家、黒住宗忠を、日本の誇る真に偉大な実践思想家であると思うが、彼らは、支配層に取り入ろうとしなかったせいか、現在、日本人でさえ、その名を知る者は少ない。
しかし、庶民と交わり、庶民に直接、真に実践的な教えを説いた彼らは、もっと知られるべきと思う。
日々の生活と金に追われる我々に、徳川家康の教えがどれほどの役に立とうか?

もう一人、私は、江戸時代中期の観相家、水野南北を崇敬しているが、南北も虎二郎や宗忠の2人に劣らない。南北は、より庶民的と言うよりは、ある意味庶民以下(牢屋敷に入ったこともある)であり、その教えは、虎二郎や宗忠よりさらに簡単だ。しかし、その簡単な教えである、食の慎みの実践は普通の人には、特に現代では絶望的なまでに難しい。
そのような訳もあり、今回は南北を外し、南北に関しては別の機会に述べることとする(ただ、南北についてはこれまで何度も書いている)。

岡田虎二郎も、黒住宗忠も百キロを超える巨漢だった。特に虎二郎は120kg以上だったと言われる。
しかし、宗忠は、明らかに神仙のごとき力を得ており、常人なら1日掛かりでも難しい道のりを早朝だけで渡ったり、歩いても足跡を残さないこともあった。
また、虎二郎も宗忠も、キリスト教のイエスにも劣らない病気治しの奇跡を度々起こした。特に宗忠は、頼まれれば断れず、数多くの病人を治したばかりか、その力を弟子等にも与えることができた。

さて、最初の金の話に戻る。
凡人にとって切実な問題は、高邁な教えではなく、今日の金である。
虎二郎は、岡田式静坐法という日本人向きの、絶対他力の易行(易しい行法)により、腹の力の付け方を教えた。
また、「生活しながら静坐するようではいけない。静坐しながら生活せよ」と言い、片時も油断なく、腹に力を入れるよう教えた。
黒住宗忠もまた、常に下腹に力を込めることを教えた。自らも、いつも下腹を手でさすり、力が込められていることを確かめているかのようであったという。
我々も、自分で工夫して、下腹の力が抜けないようにすれば良いと思う。

腹に力が入っていれば、頭や胸から力が抜ける。いわゆる、足熱頭寒という状態である。
人の不幸は、余計なことを考えたり、心を騒がすことから起こる。
虎二郎は、人には3種類あり、それを「頭の人」「胸の人」「腹の人」と言った。
頭の人とは、理屈で生きている人で、一生、苦労が止まない。胸の人は努力家で克己心が強いが器が小さい。腹の人になってこそ、楽しく安らかな人生を送れる。
宗忠もまた、神様にまるごと任せれば、この世は、嬉しい、楽しいしかないと言ったが、これは虎二郎の言う、腹の人になれという意味と同じと思う。

虎二郎は、徹底した絶対他力の教えを説く、浄土宗の法然を大変に評価していたが、宗忠の教えもまた、神(天照大神)の力に全て任せる絶対他力である。
これまでも紹介したが、黒住宗忠と、岡田虎二郎に関する書籍を紹介する。
上にも書いたが、徳川家康やナポレオンの教えが、庶民に直接に役に立つことはない。しかし、宗忠や虎二郎の教えは、我々のような普通の者にとって非常に重要なものだ。そして、おそらく、リーダーにとっても最高の教えであると思う。

黒住宗忠の本の紹介



岡田虎二郎の本(柳田誠二郎著)の紹介
※新品は入手できない可能性が高いと思います。







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Comments

こんにちは。下腹に力を貯めておけば良いのですね。身体の癖(体癖)は人それぞれなんですね。背骨を捻って、曲げて、柔らかく、することも良いと聞きます♪

Posted by: 祈り | 2009.09.16 at 07:49 PM

★祈りさん
いえ、まずは素直になることです。

Posted by: Kay | 2009.09.16 at 09:52 PM

こんばんは。

kayさんのブログをきっかけに、柳田誠二郎さんの著作を読みすすめておりましたところ、知人から佐山昭彦さんの「椅子静坐のすすめ」や「静坐往生」を頂く機会がございました。「柳田さんを読むのなら、佐山さんも読んでみるといいよ」とのことで、知人の新たな一面に驚かされたものです。

なんとも幸せな一日でした。


Posted by: yoshi | 2009.09.17 at 07:38 PM

★yoshiさん
岡田式静坐法も、外国の方には椅子に座ってやってもらったようです。我々も正座は苦手な人が多いので、椅子でやれるよう工夫する必要がありますね。
岡田虎二郎は、思想が素晴らしいのですが、やはり「坐れば分かる」が大事と思いました。

Posted by: Kay | 2009.09.18 at 06:39 AM

そういえばマージョリーさんも悠二に
「覚悟は頭でするものじゃない、腹で決めるもんだ」
って言ってましたね。

悠二みたいな頭のいい人間(人間じゃないのか・笑)でも
あれだけ追い込まれて初めて気付いたくらいですし、
凡人の私には、なかなか「腹の人」になるのは難しそうです。

(すぐには難しくても、Kayさんのブログはいつも良いヒント…考えるきっかけになり
 とてもありがたく読ませて戴いておりますけどね!)

そういえば、不安があると「胸騒ぎがする」とか、「胸がざわめく」
とか言いますが、つまりそれが、「胸の人」ってことなのでしょうか。
頭や胸で決めた克己心って、いつかは折れますね。
わりと頑張って、わりと大丈夫になっても、なんていうか
すっごーーく「しょうもない」ことでポキっといってしまい
あとから、とても後悔したりするのですが、考えてみれば
それはそれで「必然」だったような気もします。
いや、経験上(自爆^^;
器以上の克己心は、いつか器を壊してしまうのかなぁ、とか。

腹の人になりたいものですが、多分考えてもわからないと思います。
いや、考えれば考えるほど、わからなくなる・・・?

家康は家康で、いいこと言ってるとは思います。
昔は信長ファンだったので、家康のタヌキっぷりには辟易していたのですが
「人生は、重荷を負いて、長き道を行くが如し・・・(←適当な記憶より引用)」とか、そんな言葉でしたっけ、
家康のあれを読んで、家康への評価が変わったものでした。
が確かに、今すぐに役立つのかと言われると困ります(^^;;

Posted by: じゅん | 2009.09.20 at 04:56 PM

★じゅんさん
無事のご帰国、おめでとうございます。

マージョリーさんも、カルメルさんも腹、出来てましたね。
もちろん、シャナも。

胸は感情の座のように思います。
感情を押さえつける人が胸の人なのかもしれません。

理屈で考えず、感情に動かされない人が、腹の人の特徴のように思われます。

ヘカテーは「頂の座」だから頭の人(?)かと思いましたが、頂は神で、その座にあるというのは、巫女という意味でしょうね。

腹に関しては、イェイツの詩なども訳しているタオイストの英文学者の加島祥造さんが、「HARA 腹意識への目覚め」という面白い本を書いています。
また、D.H.ロレンスも、腹の重要性に気付いていたようで、「無意識の幻想」という、腹の神秘についての本を書いています。テレパシーは腹で行うそうな・・・

私も、腹の人になりたい。

私は、徳川家康が好きです。
天下を取る秘訣を2通りで表現すれば、
「上を見るな」
「身の程を知れ」
だそうで・・・って、やっぱり私も家康をちゃんと参考にしてるじゃん(笑)。

Posted by: Kay | 2009.09.20 at 08:14 PM

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