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2009.08.28

この身体は私じゃない

なぜ、釣った魚(自分のものになった女)に餌をやらないか知ってるかな?
泳いでいる魚の方がきれいだからさ。

冗談ではないのだよ。

私は、9つくらいから天体観測を始めた。
当時、大学生だった私の叔父は、彼のほとんど唯一の財産だった天体望遠鏡を私にくれたのだった(彼は小さい頃から、親戚の家に居候する複雑な家庭環境にあった)。
私は、それで月や火星や金星や木星や土星を観測した。
天体望遠鏡で見るそれらの星は、確かに印象深いものではあるのだけれど、見ていて何か変化が起こるわけではない。でも、私は、飽きずに何時間でも同じ星を見つめ続けた。
人生で必要なものは全て星から学んだ・・・なんて言わない。私は、人生に必要なことなんて、いまだ何一つ知らない。
何も得はしないけど、星を見るのは素敵なことだ。星は美しい。
なぜだろう?
それは、星は私のものではないからだ。

星だけじゃない。
私は、子供の時、時計屋や文房具屋で、腕時計や万年筆、ボールペンを眺めるのが好きだった。1日中でも飽きずに見続けることができたと思う。
そして、大人になり、お金を沢山稼いだ時に気付いた。今なら、私はそれらをいくらでも買える。
しかし、ちっとも欲しいと思わない。
だが、ナイフに興味を持ち、何万円もするナイフを沢山買った。熱情と共にね。でも、手に入れてしまえば、嬉しくなくなってしまう。
「スタートレック」で、ミスター・スポックが言ったことを思い出す。彼は、一人の女性を巡って他の男と決闘し、敗れて、敵の男に女を奪われた。だが、スポックは彼に言う。「どんなに欲したものでも、手に入れてしまえば、さほどでもない」と。
女も、自分のものでないから美しいのだ。

吉行淳之介さんの「童謡」という小説をご存知だろうか?
昭和40年から中学や高校の国語の教科書に採用されているので、教科書で読んだという人も多いと思う。
16歳の時の吉行さん自身の投影と思われる「少年」は、病気で変わり果てた自分の姿を、彼が好意を寄せる少女に見られてしまい、嘆きながら悪友に教わった童謡を謳う。「嗚呼、この身体は私じゃない」
しかし、身長180cm、体重61kg、ウエスト70cm、胸囲88cmの、流行の美しい細マッチョの私は、笑いながら謳う。「この身体は私じゃない」と。
私は、私の身体と心に既得権を持っていない。それらをとっくに手放している。いや、そもそもが、もともと私のものでもない。
私は、身体と心に対し、超然と距離をおいて見守っている。
私は既に死んでいるのだ。
「童謡」の「少年」は、病気が治った時、得意だった走り高跳びをやってみたが、以前のように飛べなくなっていた。友人は「また高く飛べるさ」と言ったが、「少年」はもう惑わされない。「いや、もう飛べないだろう」
この他愛もないような小説を愛する人は案外多い。吉行淳之介が偉大な作家になった理由も分るように思う。
この小説の秘密を知りたいなら、あなたも、身体と心を手放してみればいい。ただ見守るのだ。

野で美しい花を見たら、ほんの一瞬、それを目で愛でれば良いのに、摘んで持って帰る者がいる。それは、世界から大きな美を奪う行為なのだ。
身体や心の影響を受けないようにしてみよう。身体と心に無関心になることではあるのだけれど、それらが驚くべきものであることが分るかもしれない。ほとんど食べずに過ごすことも出来るようになる。心は澄み切ってゆく。済み切った心に何が映るか、見ものである。

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Comments

私も自我とか身体を手放したいです。でも掴んで苦しんでいるのは私の一部分であって、真実の我々は真我と呼ばれる純粋意識なんですよね。只、この世では体を持って生きているから日々の肉体的、精神的辛さや悲しみは色々感じてしまいます。純粋意識なのに何故このような苦しみを経験しなければならないのか腑に落ちなかったです。けれど、悲しみや苦しみに対して真っ向から立ち向かい反省したりして超然と日々を生き、この世にこの肉体を持って生まれた場所や年代、周りの人々との関係に対してひたすら役割を果たしていく。ここで真っ向から生きるのも自分の心の悪癖や自我を砕くひとつの経験なんですよね。 最近、愛や喜びばかり唄っていたので私は苦に対して避けてました。有り難うございます。『喜びも悲しみも(人生のさまざまな変化を)平等に見て、嘆くことも、求めることもなく、善悪(相対的意識)を超越した人は、わたしの愛する人である。』ギ-タ- 12・17ありがとうございます。

Posted by: 祈り | 2009.08.28 at 07:37 PM

★祈りさん
身体や自我は苦痛や苦しみを避けられません。
喜びを求めれば悲しみは避けられません。
しかし、真我である純粋意識が苦しむことはありません。
問題は、身体や自我を自己であると見なしていることです。
最も良いのは、無欲になることです。
欲張りなうちは、徹底的に苦しみます。

Posted by: Kay | 2009.08.29 at 08:11 PM

kayさま
お久しぶりです。
身体と心を手放せているのかどうか
多分まだまだですけども…
突き放すよなことは出来るようになりつつな気がします。
身体の違和感と、心の揺らぎ、受容するしかないということを
最近絵に描いていました。
今日から5日までグループ展示しております。
もしご都合宜しければ…!お散歩がてら、是非遊びにいらしてくださいませ。

http://www.art-point.jp/

Posted by: 加瀬 | 2009.08.31 at 11:48 PM

★加瀬さん
お久し振りです。
手放すということが、今の私の最大の関心事です。
無理に手放すのは難しいなと感じる今日この頃です。
私の姪っ子は飛び降りするし・・・生きてケラケラ笑ってますが^^;
好きな雰囲気の展示会ですが、関西在住の私にはちと難しいかもです。
ご活躍を期待しております(ああ、平凡な挨拶に欝だ・・・)

Posted by: Kay | 2009.09.01 at 06:45 AM

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