« 悲惨はいつもこうして始まる | Main | 不和と争いの女神を清める »

2009.08.24

安らぎと成就

ジョセフ・マーフィーの成功法則の本の成功事例の中に確実に共通する、最も重要な点に気付いたろうか?
それが分からなければ、これらの本を何千回読んでも、あなたは成功しない。

深い安らぎの気分の後に成功するということだ。

静かでありさえすれば、すべては上手く治まるのだ。
これは絶対的に真実だ。

今、不幸で、苦しく辛い状況で、お金がなく、争いの中にあっても、あなたが静かでさえあれば、状況は改善し、必要なお金やモノはやってくる。
これは確実な事実なのだ。

どんな成功法則でも全く同じだ。
静かさ、安らぎ、落ち着き・・・・これらがやってきたなら、確実にうまくいく。
それは、月のしじまのような、星の瞬きのような、エメラルドの輝きのようなものだ。
それを得られない望みが叶うことは決してない。

↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

|

« 悲惨はいつもこうして始まる | Main | 不和と争いの女神を清める »

Comments

最近の啓発系の本には時間の管理などが多い。何冊か読んだがギスギスして追い立てられる日常に何の閃きも無いように思う。朝の空気の色や風の匂いや温度は無になり心静かでなければ感じられない。大祓を唱えるにはやはり神聖な時間と場所を自然と選ぶ。この心を鎮めようとする気の持ちようが器の大きな人となるように思う。
今日、父親と神道を話題に語り合いました。話してみると自分の父親がこんなに通じてると知りませんでした。年末年始には素晴らしい大祓の奏上が聴けるそうなので家族で行く約束をしました。
思わぬ所で父親としみじみ話す事ができました。
父も色々と聞かれるのも嬉しいようでした。

Posted by: カナリア | 2009.08.24 08:51 PM

深い静けき安らぎの境地――美しいです。
神は無形なるものからあらゆる万物を創造し給いましたが、神は至福であり永遠の安らぎとすれば
深く静かなる安らぎは神の懐に抱かれる
一断片とも言えましょうか。
その境地から様々なモノが生み出せる理由は頷けます。ありがとうございます。

Posted by: 祈り | 2009.08.25 02:09 AM

★カナリアさん
大祓をきっかけに良いことがいろいろあったようで嬉しいことです。
私は、大祓詞は回数勝負ですので(笑)、朝でも日中でも夜でもいつでも唱えていますが、朝が一番良いというのは確かと思います。


★祈りさん
難しいことを仰いますね^^;
私にはよく分かりません。

Posted by: Kay | 2009.08.25 06:36 AM

今年に入って、こちらのブログを毎日拝見させて頂いております。わたしは、病を得てから20年ほどずっと、どうしてあの"幼い頃の静けさ"を味わうことのできない自分になってしまったのだろう、と思っていました。病に苛まれながら思い出す幼い頃の記憶は、なぜかどれも静かな自分なのです。ですから「静かでありさえすれば、すべては上手く治まるのだ」の一行に、救われました。ありがとうございます。どうしてもお礼が言いたかったので、書き込みさせて頂きました。

Posted by: dandan | 2010.05.03 02:14 AM

★dandanさん
私の記事も、妙に力が入ってますね。当時、まだ性的欲望をコントロールし始めた頃で、今より悪い状態だったせいもあります。
おっしゃる意味、よく分かるような気がします。
静かでいるには、大衆心理の妄信から逃れないといけませんが、それが難しい世の中になってきているかもしれません。無駄な欲望を捨てることが、容易な道の一つであると感じています。
おかげで、良いヒントを得ました。
人間の心とは不思議なもので、静かな自分を観察すると決めれば、案外、静かになるように思います。

Posted by: Kay | 2010.05.03 09:27 AM

連日で申し訳ございません。少し書かせてください。

わたしは、自分のことをおそろしく子どもだと思っています。大人は社会的なものを規範にするけれど、自分は自分の直感を大事にしようと思って生きてきました。大手術を余儀なくされたとき、「わたしが何の悪いことをした?」と思いました。一病息災というのは嘘です。病は病を呼びます。

振り返ってみれば、社会に出てから、わたしには変な癖が付いていたように思います。行動する際には必ず最悪のことを考えました。リスクをはっきりさせておいた方が、失敗したときのダメージが少ないと思っていたのです。そして、いろいろなものを金銭に換算する社会が嫌で「金はいらない」が口癖のようになり、さらに、情報は多ければ多いほどよいと信じました。情報を取捨選択するのは自分なのだから間違いはないと思いました。しかし、潜在意識というものを勉強するに従い、自分の考えは間違っていたということに気付かされました。知らずに降り積もった悪知識は心の土壌にしみ込み雑草となり毒草となり、わたしの目の前に現実を突きつけたのです。50年も生きてきて、やっとこのことに気付きました。

荒井由美の歌を思い出します。
「小さい頃は神様がいて不思議に夢を叶えてくれた」
わたしも幼い頃はその通りでした。
そして、あの頃の感覚を取り戻すことのできる自分であると今は信じています。それもあなたのブログに出会えたからです。本当にありがとうございます。

何度も、そして長文で、ご迷惑おかけしました。ブログの更新は大変でしょうが、一日でも長く続けて頂ければ幸いです。恐々謹言。

(MT4が難しく、もう止めようと思っているわたしの拙いブログですがリンクしておきます。)

Posted by: dandan | 2010.05.03 11:46 PM

★dandanさん
私も自分が子供だと思います。自分の年齢など、全く分かりません。
そういえば、私が崇拝するインドの聖者ニサルガダッタ・マハラジは74歳の時、自分が子供に感じると言ってたのを思い出します。
社会の規範に則るが、自他内外を区別し、内側を純粋に保つというのは荘子の教えでもありますね。

まず最悪を考える悲観論者は、成功した経営者には多いですね。これは本ではなく、実際に確かめました。ただ、成功した経営者で、あまり幸福な人を知りません。
「幼い頃は神様が・・・」
これは絶対に本当です。私は、事実として、多くの奇跡現象を体験しました。思い出せば、全て神様のおかげと思います。ただ、誰でも、いつでも、神様との絆は失っていません。きっと、神様と和らぐことが出来ないだけだと思います。

す、素晴らしいブログではないですか?!
すっかり引き込まれてしまいました。
私は、今でも、リコーXR-7を持っています。PENTAX互換マウントなので、PENTAXのズームレンズ、40-80mmと70-150mmを合わせて買いました。ただ、最近ではデジカメしか使いませんが。
私は、昭和・・・というより、1950年代、60年代のプロレスが好きで、ルー・テーズ、パット・オコーナー、バディ・ロジャースのDVDを持っています。あの頃のプロレスはロマンがありました。
ブログ続けて欲しいですね。私のブログからもリンクを張りたいと思います。

Posted by: Kay | 2010.05.04 08:51 AM

そうですか。ほめて頂けるのはありがたいものです。もう少し続けてみる気がしてきました。
プロレスは全くの門外漢ですが、幼い頃に見たジャイアント馬場とボボ・ブラジルの死闘は今でも覚えています。わたしの方からも折を見てリンクを張らせて頂きます。ではでは。

Posted by: dandan | 2010.05.05 01:37 AM

★dandanさん
早速のご了承、ありがとうございます。
私は馬場博士を目指したいほど、馬場さんが好きで、ボボ・ブラジルも大好きです。
dandanといえば、ZARDの「dandan心魅かれてく」という歌を思い出します。
私は、「エイトマン」「サイボーグ009」のモノクロDVDも揃えるほどの昭和マニアです。

Posted by: Kay | 2010.05.05 08:26 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 安らぎと成就:

« 悲惨はいつもこうして始まる | Main | 不和と争いの女神を清める »