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2009.08.10

金に執着しない人

アインシュタインのお金に対する執着の無さはよく知られている。
そもそも、彼は収入を誰とでも分かち合った。たとえそれがろくでもない人間とでも。
ろくでなしに請われて金を渡した後で奥さんに怒られると、アインシュタインは「彼はやはり金が必要だったのだよ。だって、伊達や酔狂で物乞いなどしないからね」と平気だった。

黒住宗忠はある日、追いはぎに「十両出せ」と脅された。
宗忠は平気ではあったが、「悪いが五両しかない。残りは明日用意する」と言って五両を渡し、翌日、五両を用立てて約束した処に埋めておいた。
宗忠も、「誰も伊達や酔狂で追いはぎなどしない。よくよくの事情・・・」と考えたのだ。

アインシュタインが金を渡したろくでなしがどうなったかは知らないが、宗忠が金を渡した追いはぎは改心し、宗忠の門下に入ったという。
宗忠が恐れたのは、悪事をなす者が自分の心を痛めることだった。誰も人の心は、天照大神の心の分心であり、それを痛めることは、天照大神の心を損なうことであるからだった。
宗忠が怒ったり、くよくよすることは滅多に無かったと思うが、宗忠は、ちょっと恐がった時でも、天照大神に、その心を損なったことを詫びたという。

アインシュタインはアメリカに亡命してからは高収入であったし、宗忠も名士を多く含む多数の門人を抱え収入は少なくはなかった。しかし、請われれば誰にでも金を渡す彼らは豊かではなかった。が、いずれも平気であったようだ。

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Comments

一日一食。
一年の月日を経ましたね。
食の欲望は持たず、されど食の大切さと一食の楽しみを持つ。
そりゃぁ嫌でも高貴なお人になってしまいますぜ兄貴、
(まぁ、ナント下品な物言いの私なのでしょうか、、)
私は少々の病持ち←(糖尿とちゃうで、)なので、
一日三食などは無縁ですが、
私の今まで人との付き合いで一日一食を敢行している人は数人しかおりません。
で、今度はKayさん【金に執着しない人】となるのですか、、
今でもあんまり執着ないのと違いますか。
孤高の精神の極みから、
たまには降りてきてコーヒーをダラダラ飲み続ける
(それも砂糖、ミルク入りを)私を叱って下され
あぁ、、叱っても無駄、、と言うことを、最早お見通しなのですね、、ウウウ、、
この愚コメント、、削除されそうだ、、

立秋も過ぎて、ここでご挨拶をば、
残暑お見舞い申し上げまする、、インザも元気でふ、、ホナ~

Posted by: 華文字 | 2009.08.10 09:13 PM

★華文字さん
嗚呼!ご無沙汰です!!
インザちゃんのブログ(ちゃう!)、楽しんでいますよ。ゲイのにーさん達、「あ、軽い(明るい)」わ!

肩の具合はいかがなものでございましょう?
私も、左肩(右目の疲れの影響のような気がします)と、左ひざが危なかったですが、スワイソウで治しました。
酒はワインと梅酒だけにしております(笑)。「魔王」は飲みません。今は・・・^^;

私は金儲け、下手みたいです。失業したら雇って下されm(__)m

最近、漢字の「忝」という字が大好きになりました。言うまでも無く、かたじけないです。
天と心を組み合わせた文字で、本当に「かたじけない」「勿体無い」「恐れ多い」という感じが出ています。
執着を離れるには、天にまるごと任せきってしまうに尽きると思います。

ではでは、インザちゃんによろちく~

Posted by: Kay | 2009.08.10 09:59 PM

興味深い内容ですね。先日ある、会場で、「お金が欲しい人」と問いかけをした先生がいて、何人かが、大勢の前で、恥を掻き捨て手を上げていました。
その人たちの顔や身なりをみると、どう見ても生活が豊かに感じられません。
その先生の落ちは、お金が欲しい人といって手を上げた人は、完璧に恐怖に取り付かれている人、自分の意識が、自分を創っているということをわかっていない人だといっていました。
自分の中に絶対の神がある人は、必ず守ってもらえると思っているから執着はいらなくなるんですよね。
内海康満 さんは、こんな事をいっていました。「自分は絶対である。自分を絶対のところに位置づける、自分は自由自在であるという根本に置くことが大切 」

神が内在すると強く信じていると、執着がはずれると思います。私も、この事は、頭では理解できますが、実際には、まだまだです。修行中です。(笑)

Posted by: Hidesaburou | 2009.08.11 09:23 AM

★Hidesaburouさん
結局のところですね、欲望を捨てないといけないのだと思います。
内海康満さんの言われるように、人生のいかなる細部もすでに完璧に決定されていると思い、ただ虚心に受け入れられれば、欲望を離れられるかなと思います。
もっとも、それができれば、人生も変わるのですけどね。

Posted by: Kay | 2009.08.11 09:53 PM

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