私は新しい地球を見たいと思う
古代マヤ暦は、2012年12月22日にあたる日に終わっているという。
その日に、現在の人類は終焉すると予測されるが、私には、それは当然と思える。
その根拠を尋ねる人を私はむしろ疑う。
私だって、「分かってしまうんだから仕方ない」とまでは言わないが、ごく自然なことに思えるのだ。
人々を、社会を、日本を、そして、おぼろげながら世界で起こっていることの情報を得ると、それは純粋にして明晰なことだ。
2012年12月22日に、現在の地球文明は終わる。それまでに破滅が訪れるように思うが、詳細までは分からない。
ただ、最近、エハン・デラヴィの「地球巡礼者」(ランダムハウス講談社)という本を読んだが、デラヴィは「恐れることはない」と言う。私もそう思う。
もちろん、意識を変革できない人は、恐れるも何もない。新しい地球があるとしても、そんな者はその新しい地球に適合しないだろうし、実際に消え去ることになる。だが、全く消滅するわけでもないように思える。かなり過酷なことになるかもしれないが、進化のチャンスが奪われることはないように思うが・・・私には何とも言えない。そもそも、私がアセンションできるか今のところ全く不明だ。別に謙虚になった訳でも何でもない。イエスの言うように、私財全てを捨てる必要があるように思う。私は持ち過ぎている。
ただ、お金もすぐに不要になる。お店に行っても、食べ物なんか置いていない世の中になる。とりあえずは、カップラーメンが1つ5千円とか、もっと高くなる。そして、それすら無くなる。お金なんかいくら持ってても何の役にも立たなくなる。
私は一応、食料の備蓄はしているが、そんなに大量ではないし、多分、近所の人なんかに一瞬で全部あげることになるとは思う。そうしたら、公然と餓死できるのである。だが、そうなったらなったで、ブリザリアン(食べずに生きられる生物)になるような気もする。別にどちらでも良いが。
新しい地球・・・見れるなら見てみたい気もする。
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