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2009.06.30

私はなるべく話さない

最近、私はなるべく話さないことにしている。

電車の中で、大学生と思える2人の男子が、大きな声で話をしていた。
ひどく下らない内容で、以前なら、私はひどく不快に思ったはずだが、長く種観霊という行をしているせいで、さほどの感情は出てこない。種観霊とは、自分が作り出している外部世界の意味を感じる行である。

その時思ったものだ。
言葉というものは、我々が思っているどころではない重要なものだ。
悪い言葉を使うと、どれほどの害があるのかは予想もつかない。
最近は、若者の言葉が乱れているとよく言われるが、乱れているなんてものではない。それがどんな影響を生み出しているか、考えるのも恐ろしい。
しかし、私だって、人と話せば、決して良い言葉を使わず、むしろ、後で後悔するような言葉を多く使っているものだ。それなら、必要がない限り、話さない方が良い。
そして。心が整ってくると、話す必要もなくなってくる。
「話せば分る」という有名なセリフがあるが、人間は話しても分らないのだ。なぜなら、人が理解できるのは、自分が持っている概念の中、言い換えれば、個人や集団の偏見、あるいは、幻想だけであるからだ。
普通の言葉は、偏見や幻想を強化するために働く。
それは、心の中の言葉でも同じではあるが、話された言葉の効果は大きいのだ。
それならば、私はなるべく話すのをやめようと思う。

ラマナ・マハリシは、相互理解は、一緒にいる時に沈黙の中で訪れると言った。
アニメ「ちょびっツ」で、秀樹は「幸せってのが分った。それは一緒にいるってことだ」と言った。
イツァク・ベントフの「ベントフ氏の超意識の物理学入門」に、一緒にいることで、波動的共鳴が起こり、一体化するという話がある。
そして、一度、波動的関係を持つと、離れても相手に影響を及ぼす。その通信速度は、いかに不思議でも光よりも速いのである(特殊相対性理論により、光速より速いものは存在しないはずである)。

言葉は注意深く、慎重に使わないといけない。
自然に聞こえ、美しい言葉を使うのが良い。
醜い言葉、無駄な話、不要な褒め言葉(良からぬ意図があるのが普通だ)を言う者は不幸である。

シャープという会社の液晶テレビのCMで、吉永小百合さんが「アクオスしましょう」と言う。あんな素晴らしい人に、こんな言葉を使わせることが、日本をいかに汚しているかと思うと、私は悲しみに耐えない。

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