« 明日から夏休みという日の学校帰りの気分 | Main | 感染したらどうするか? »

2009.05.24

食の慎みと次元移動

戦時下の中で、餓えている、まだ小さい少年がいた。彼は、たまたま見かけた見知らぬ男を石で殴り殺し、その男が持っていた食べものを食い漁った。
まもなく、殺された男のことで村人が集められた時、男を殺した少年もそこにいた。
殺された男は軍人だった。彼は、軍で支給される食料にほとんど手を付けずに保管し、餓えているはずの家族に食べさせるために、軍を脱走して、家族のいるこの村に帰ってきたのだった。
その男の名前を聞いた時、少年は食べたものを吐いた。彼の父親だったのだ。

これは、高森朝雄(梶原一騎)さん(原作)とちばてつやさん(漫画)の有名な漫画作品「あしたのジョー」に出てくる話だ。
梶原一騎さんは、人間としては最低のクズであったかもしれないが、作家としては偉大であったと認めざるを得ないだろう。彼は、才能だけでなく、人生を語るに足る壮絶な経験もあった。

さて、父親殺しの少年、金竜飛(きん りゅうひ)は、プロボクサーになる。彼は、ボクサーが味わうはずの減量とは無縁だった。餓えるしかなかった子供時代に加え、食べ物のために父親を殺したことで、余分に食べたい欲望がなくなっていたのだ。
金の凄惨な過去を聞かされたジョーは、ジョー自身、不幸な子供時代を過ごしたはずが、自分とも比較にならない壮絶さに愕然とした。ジョーも食べることができない方だったが、金はジョーに言う。「満腹ボクサー君」と。
ボクサーとしてのあらゆる面でも、金はジョーに優った。
所詮、満腹ボクサーでしかなく、訳はあったが減量に失敗し、体力のないジョーは、なす術もなく金の猛攻を受け、何度もダウンさせられる。
ジョーは、初めて「かなうはずがない」と思った。これまで、どんな強敵が相手でも抱いたことのない想いだった。
しかし、ジョーは、何度倒されても立ち上がる自分が不思議だった。「かなわないと分かっていて、なぜまた立つんだ?」
そして、金も不気味さを感じてきた。「なぜ、こいつは立つんだ?」
ジョーの心の奥で、不思議な感情が起こっていた。「こいつにだけは負けちゃいけない」という。
だが、その訳がジョーには分からない。

しかし、殴られて思考力がなくなってきたせいだろうか?ジョーには分かってきた。
自分と戦うために、過酷な減量をして、結果として死んだ力石徹のことだった。
力石は、奇妙な形ではあったが、ジョーとの至高の友情に殉じるために、食えたのに食わなかった。
金は食べなかったが、食べられなかったからだ。しかし、力石は違った。力石は自分の意思で食わなかった。
それが分かった時、金が後生大事にしている、食べる者を蔑むプライドが、ジョーには安っぽく見えた。
金は恐れた。自分が絶対と思っていた信念が壊される危機が迫ってきたのだ。

以上のお話は、私は、子供の頃でも、ある程度分かったのだが、最終的に理解したのは本日だ(笑)。
金が餓えたのは運命だ。
そして、力石が自分の意思とはいえ、餓えたのも運命と思う。
力石が高貴な友情を守ったことすら運命だ。
さらに、ジョーの想いもまた運命だったのだ。
そして、勝利したのは私だ。

私は、梶原一騎さんは、最低のクズと書いたが、それは多分、本当だ。
人の世ではね。
しかし、彼が天国に居る可能性はあると思う。

生まれつき少食の人。不幸にして、貧しかったりで少食にならざるをえなくなった人。
そんな人たちの少食は運命である。
だが、私は、大食だったのが、ある日突然、食を慎むようになった。別に、力石徹のように、何か志があってのことではない。少なくとも、表の心では。
大食の者は、いかなる願望や欲望があっても、食を節することはできない。
もし出来たなら、そこには、運命を超える力が働いたのである。
次元移動、あるいは、流行の言葉で言えば、アセンション(次元上昇)の秘密はここにある。
運命による少食者は、次元移動はできない。もちろん、食を慎み続ければ、中年以降は安楽だ。

飽食・美食の者ほど、食を慎むことで得られるセンセーショナルなものがあるのであるが、それをする者は、まあ滅多にはいない。
残念なことである。
ただし、何度も書くが、食の慎みにおいて、絶対的に必要なことは安定性である。しばらく食を慎んでも、「今日はドカ食いしました」では、むしろより悪いのである。
無理なく、少しずつ食を減らすのが良いかもしれないが、次元移動できるほどの者なら、不意に少食になるものと思う。
さらに言っておくが、次元移動とは、連続的に起こし続けるのが宿命である。止まれば、暗黒面に引き込まれる恐れが強いのである。

↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックをお願い致します。
人気blogランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

|

« 明日から夏休みという日の学校帰りの気分 | Main | 感染したらどうするか? »

Comments

素朴な感想で申し訳ないけど、
よい記事でした。

Posted by: りす | 2009.05.24 07:57 PM

冒頭のストーリーはまだ私が小学生だった頃
歯医者の待合室に置いてあった明日のジョーでたまたま読んで
しばらく暗い気分になりその後も軽くトラウマになった話です。
子供なりに現代のヌルさを知り、戦争を経験した祖父を世代を見る目が変わりました。
まさか20年近くたった今、愛読ブログの題材になるとはびっくりです。

Posted by: ぬこ | 2009.05.24 09:41 PM

お久しぶりでございます。
今日の記事もとても読み応えがありました。
いつもありがとうございます。

甲田先生の「奇跡が起きる半日断食」が
届き、読みました。食べたものが18時間も
消化されないとは知らず、目から鱗の内容でした。

食べる、という事についてとても考えさせられます。
思ったのですが、何故人は「大便」を忌み嫌うの
でしょうか。なぜか「恥ずかしいこと」として
とらえていますよね。(小学校ではうんこすることは
犯罪でした)食べる、という事と直結しているのが
排泄なのに。不思議です。
もちろん人の前で堂々とすれば良いという意味では
ありません。
考え始めると「人間って何だろう」という事まで
行き着いてしまいますね。

少食実践、続いています。今はお昼も食べません。
(無理にではなく、結構食べなくても動けるので)

Posted by: bug | 2009.05.25 07:39 AM

★りすさん
お心に響き、何よりです。


★ぬこさん
リアルタイムなら、40年近く昔の作品と思います。
ただ、最近、連載を開始したらしいです。
私は、十数年前に読んだような気がします。
そして、私は梶原一騎さんの伝記の熱心な愛読者です。ジョーの少年院の様子は、梶原さんが直に体験したもののようです。


★bugさん
消化に18時間・・・そうらしいですね。
ただ、十分に少食で、私のように粉ものが好きなら(笑)、あまり気にしなくて良いかもしれません。
まあ、人間もまた、食って、寝て、排泄するだけのものです。
中国では、排泄を恥ずかしいことと考えず、今は少ないかもしれませんが、トイレに仕切りがありませんでした。
私も、朝、昼食べないのに、かなり慣れてきました。

Posted by: Kay | 2009.05.25 09:41 PM

Kayさん
私が読んだのは単行本でした。(何巻かは覚えていないけど)
何巻か抜けていたものの、いい感じでそろっていたので
治療に行くたびに明日のジョーを読んでました。
ところで2年間のアメリカでの任務が終了し、明日日本に帰れます。
まさにちょっと前にkayさんが書いておられた、
夏休み前の最後の日の帰り道の子供の気持ちですヽ(´▽`)/

Posted by: ぬこ | 2009.05.25 11:48 PM

★ぬこさん
すると、今頃は日本、あるいは、日本に向かう機上の人ですかね?^^
お疲れ様でした~♪

Posted by: Kay | 2009.05.26 09:41 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 食の慎みと次元移動:

« 明日から夏休みという日の学校帰りの気分 | Main | 感染したらどうするか? »