« 運命 | Main | 童話を読むということ »

2009.05.15

霊視した食の慎みの真理

少し前から、内海康満氏の「霊止乃道(ひとのみち)」を読み出してから(本日、3回目に入った)、この本に書かれている種観霊(しゅみれい)というものを毎日熱心にやっている。それは、起きている時はずっとやっているし、これからは夢の中でもやると思う。仕事中はというと、内海氏は、そんなものは放ったらかしてやれと書いているが・・・もちろん、そうしている(笑)。まあ、もっとも、それで仕事はかえってうまくいっているくらいだ。

種観霊をやると、いろいろな深い真理、この世の本当の姿が見えてくる。
種観霊は難しいものではない。子供でもできる。

私自身は、元々、種観霊という名前ではないが、似たことをいくらかやっていた。
古代からの賢者達も、同じことを教えているが、内海氏の種観霊が、少なくとも現代の日本人には一番である。
参考程度に言うと、同じことを薦めているのは、現代では、アメリカのヴァーノン・ハワード、インドのニサルダガッタ・マハラジだ。彼らの本も異例のロングセラーとなっておりさすがと思うが、コミュニケーションの国アメリカの社会に合わせたものや、インドの片田舎の素朴な賢者では、全てストレートに我々日本人に届くかどうかは分らない。翻訳時の齟齬の問題も当然ある(翻訳では、驚くほど、著者の意図が正しく伝わらない可能性がある)。
古代のものでありながら、非常に素晴らしいのは「荘子」だ。だが、私は、内海氏の本を読み、荘子の教えの意図がやっと分ったのである。私は、意味が分らずにずっと荘子を読んでいたというわけだ(まあ、荘子は老子と比べ、表面的にも面白く分りやすいという面はある)。
内海氏は、種観霊を、以前はシミュレーションと呼んでいたが、より実体に合った名称として種観霊としたらしい。

さて、では1つ、種観霊により分ったことを1つ取上げる。
このブログでお馴染みの、食の慎みに関する深い真理である。
水野南北については何度も書いた。
江戸時代の偉大な観相家だ。観相とは、顔や身体の相で鑑定する運命学で、南北は実践で研究した後、最終的に導師(仙人と似た存在)から学び完成した。
しかし、南北は、その完成した観相学でも、百発百中で運命を言い当てられないことに悩む。
そこで、南北は危険な荒行を敢行し、遂に伊勢神宮の外宮で天啓を得て、観相を超える真理を得、以後、運命鑑定は万に1つも外れなくなった。その真理こそ、「食が全て」である。
これについて種観霊してみた。
中国では、古代より観相学が発達し、それは現在ですら生きている。例えば、体操競技の選手として養成する子供を選ぶ際にも、観相学が用いられているのである。また、科学、芸術、さらにビジネスの適性においても同様である。
つまり、人の運命というのは、生まれた時に決まっているのである。
どんなに努力しても画家になれない者もいれば、さしたる努力をしなくても驚くべき絵の才能を示す者もいる(もちろん、芸術家として完成する際には努力が必要かもしれないが)。
運命がどのくらい決まっているかというと、それは完全に全て決まっている。「荘子」やラマナ・マハリシの言葉などから考えてもそうなるし、内海氏は、いかなる些細なことも、全て決まっているのだと断言する。私も、誰かの言葉を鵜呑みにするという訳ではないが、それはおそらく正しいと思う。まさに、「この世に偶然はない」のである。

だが、ほんの僅かな可能性であるが、運命を変えることができる。
内海氏もそれは認めており、それは悟りによるものだという。内海氏による悟りの具体的な意味は、本を見ていただければ分る。
だが、水野南北は、食の慎みで確実にそれを変えられると説く。食を慎みさえすれば、凶運は幸運に変わる。短命であったはずが長寿となり、貧窮の運命のはずが富裕となる。だが、逆に飽食、美食であれば、生まれながらの運勢が良くても凶運となるのである。
私は、運命の変換について、次元移動とでもいうべきことが起こることで、それが有り得ると思っているが、それについては最近も書いたし、今後も書くと思う。

ついさっき、2012年12月22日の地球に起こることに関する本を注文したが、あまり何も考えず、勘で選んだら、バシャール(ゼータ・レチクル星の宇宙人)に関係ある著者だと分った。バシャールもまた、多元宇宙の構造による運命転換について教えていたと思うが、これは私の考える次元移動と同じと思う。
また、内海氏が、伊勢神宮に参拝した際に、内宮、外宮の両方で不思議なことが起こったようだが、水野南北が天啓を得たのも、先程書いた通り、伊勢神宮の外宮で、食の女神であるトヨウケヒメからのものであったと言われる。私が、これを知っていたことに意味がある。
私には、最近、とみにシンクロニシティが頻繁に起きているようである。

↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックをお願い致します。
人気blogランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

|

« 運命 | Main | 童話を読むということ »

Comments

はじめまして、いつも興味深く読ませて頂いています。25年位、道・道理を学びを続けてきました。ずーっと精進料理をベースに食事をしています。先日、とある場所で神道の料理方法の話を少しだけ耳にしました。
偶然、出会ったのですが。お話の内容をご存知かもしれませんね…病気の身体の状態をみて野菜を選び、野菜の切り方も身体の状態に合わせて切る。身を清めてからだそうですが…
彼女はやはり少食でした。伊勢神宮の方で学んだそうです。

これから、彼女は料理・しつけに関するワークショップを万人むけに展開していくようです。


私は老子の書いた清静経が好きです。真理をついています。このお経に助けられました。

Posted by: たんと | 2009.05.17 01:13 PM

★たんとさん
25年も!
それは尊くも素晴らしいことですね。
精進料理も立派なことですね。
神道の料理に関しては、古事記に記述のあること位しか知りませんが、あまり格式ばってはいないように思います。しかし、お話にある方のように、それぞれ修行をして、良いものを見出しているのでしょうね。
正直、清静経に関しては全く知りませんでしたが、興味が出てまいりました。ありがとうございます。

Posted by: Kay | 2009.05.17 07:27 PM

精進食は素食と言われ、人の根本の食事と言われていますよね。kayさんのブログに出会い、いろいろな面でぼんやりしていた事が確信に変わりました。
20代前半で娘を出産し、その娘が動物性のものは受け付けず(粉ミルクもよく吐いてました⇒魚油が入ってました)菜食だと甘くさっぱりした味の母乳、肉食過多だとしぶい味の母乳で子供は飲んでくれません。
不思議な子育ての始まりでした。お弁当の幼稚園・学校探しで一般的な人生でなく…
このあたりは内海さんの本、kayさんのブログに出会い最近ようやく納得です。

内海さんの仙骨治良には通い始めて3ヶ月。調子がよくなりました。内海さんの講演&リーディングも受け、本ももうすぐ読み終えるところです⇒なかなか面白いですね。

☆清静経⇒太上清静経(だじょうせいじょうきょう)

ぜひお経と解説を読んでください。


もう一つオススメ
☆六祖慧能が残した六祖壇経(ろくそだんきょう)
悟りの伝授の様子が書かれています。慧能は字も読めず、書けない人でした。雪舟が修行中の慧能を絵に描いています。

Posted by: たんと | 2009.05.18 01:10 AM

はじめまして。こんにちは。
この3年間程、食に対してかなり悩んでいました。自分なりに試行錯誤してみたのですが結局「少食」にたどりつきKayさんのブログで勉強させていただいてます。
特に、「健康や減量を目的とするのでなく少食にすることを目的をすること」「空腹であれば毎日同じものを食べても飽きずにおいしく感じること」などは目から鱗でした。

少し質問してもよろしいでしょうか?
腹八分目というのは体感としてどの程度ですか?「まだまだ食べられるくらい?物足りないと感じるくらい?これ以上食べたらお腹がいっぱいになるくらい?」イマイチよくわかりません・・・
水野南北さんの本の中に「たまの大食は大凶」とあります。今、週に1回ほど外食の機会がありその時は食べちゃいます。。その後、少食の戻すのも結構大変なんですが、やっぱりこういうのはやめた方がいいのでしょうか?
少食にしてまだ日が浅いので、これからもっと精進していきたいと思ってます。
ブログ、楽しみにしていますね☆

Posted by: 月子 | 2009.05.18 10:26 AM

★たんとさん
ありがとうございます。
読みたい本が、積んだまま数十冊ありますので、必ず読むとは言いませんが、有難くも嬉しいです。


★月子さん
はじめまして。素敵なハンドルネームですね。
腹八分目とは、実際、難しい感覚です。
私はただ、「満腹するまで食べて自分を甘やかさないように」という言葉を思い浮かべます。これは、エマニュエル・スウェーデンボルグという、ゲーテやカント、あるいは、ヘレン・ケラーが崇拝したという、スウェーデンの偉人が霊に言われた言葉らしいです。

はい、私はなるべく会食は避けていますが、パーティーやお呼ばれの時は、特に慎むようにしています。こんなときはご馳走の場合が多いですから。
水野南北も、招待されて、沢山食べないことは非礼ではないことを強調していたようです。
ここらが、志の高さの見せ所です。自分に対してのね。

Posted by: Kay | 2009.05.18 10:03 PM

kayさん
ありがとうございます☆
ホントに食は命ですね。
料理には作り手の思いが入ります。私の知り合いの精進ベジレストランをしている彼女はいつもみんなの心と身体の健康を祈りながら、または般若心經を心の中で唱えながら作っています。食べ終えると心が満足〜という感覚になります。

毎日の食事やお弁当作り、すこやかで清らかな心持ちでいきたいと思いました。

「神々の食べ物」ジャスムヒーン著
少食につながる本ですね。

Posted by: たんと | 2009.05.19 12:45 AM

なるほど~~ありがとうございます。
「常に自分を甘やかさず、外食のときは特に気をひしきめて」ということでしょうか。
「慎む」って良い言葉ですね。日本語は美しい。
Kayさんが以前ご紹介して下さった倭姫様のお言葉は私の座右の銘になっています。

甲田先生が大好きで最近まとめて本を読んでいるのですが、本の中から愛と慈悲を感じます。
Kayさんの言葉にもとても愛(と冷静さと思慮深さ)を感じます。少食は本当に人を変えてくれるのかな?と思い、願いもかなうのかな?とも思いながらここ数日食が乱れているので、仕切りなおしてやっていきたいと思います。なんか、頑張れそう。ありがとうございます。

Posted by: 月子 | 2009.05.19 11:29 AM

★たんとさん
「神々の食べ物」
買ったまま、読んでないです(笑)。
良いですか?
では、読もうかな・・・
私は、本当は料理にはうとく、はったい粉を練って食べるなんて単純なのが好きです^^;
でも、心のこもった料理は良いものだと思います。


★月子さん
私から見ると、甲田先生はちょっと厳しすぎるような気もします^^;
でも、本当に素晴らしい人ですね。
少食で無欲だと、願わなくても幸運に恵まれるはずです。
私も、慎みを磨きたいですね^^;

Posted by: Kay | 2009.05.19 09:57 PM

「神々の食べ物」

やはりお持ちでしたね(^_^)
私は全部読んでいません。カバーの内側に書かれているところ、
目次でひっかかったところだけの拾い読みです…
食物の持つ毒性を無効にする事を知りたかったので。いずれは読みきりたいですが、今は水野南北さんの「食は命」とじっくりと向き合いたいです。

料理はシンプルが一番です。
はったい粉、美味しいですよね。
右回し⇒スパイラルにかきまぜると宇宙のエネルギーが入り美味です。

ガイアシンフォニー2番に登場する佐藤初女さんが作るおむすびは映像を通してですが、見ているだけでお腹が空いてきます。素材の良さを活かすという事と作り手の心持ちを学びました。

Posted by: たんと | 2009.05.20 01:39 AM

★たんとさん
私は、はったい粉を主食にしようと思っているくらいです。
チベットでは、確かにこれが主食です。
右回しですか?
やってみましょう!!

佐藤初女さん・・・存じませんでした^^;
いろいろご存知ですね。凄いです!
「食は命」本当に大変な書だと思います。

Posted by: Kay | 2009.05.20 09:34 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 霊視した食の慎みの真理:

« 運命 | Main | 童話を読むということ »