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2009.04.16

永遠の現在

インドの聖者の言うことは、時に荒唐無稽で受け入れ難く思われる場合もあるだろう。
ある西洋人が、ニサルダガッタ・マハラジにこう言ったらしい。
「あなたの言われることに何の意味があるのですか?私には、あなたの言うことが全く理解できません」
「構わない。敢えて自分に言い聞かせれば良い」
「『私は身体も心も超えている。時間も空間も超えている』。これで何か意味がありますか?」
「十分である。私はそうすることで自己を実現したのだ」

「正法眼蔵」も「老子」も「荘子」も、つまるところ、マハラジが言ったようなことが書かれているのだと思う。
「旧約聖書」の物語や、「新約聖書」のイエスの教えなどもそうであるのだと思う。
「古事記」に関してはどうかと言うと、私は出口王仁三郎さんや五井昌久さんや葉室頼昭さんの解釈を見たことがあるが、この太古の物語を現在のこととして、あるいは、読者のこととして説明しておられたのが大変に印象的であった。他にも、植芝盛平さんや谷口雅春さんも古事記の解釈に関する並々ならぬ著書を出しておられるが、いずれにせよ、太古の時代の空想として扱っていることはないであろう。いずれは読もうとは思っているが、私は自分でも解釈できると思っている。
ジョセフ・マーフィーは、ヨブ記(旧約聖書に含まれる)の意味を知りたいなら、数千年前に、自分がどういった意図で書いたか思い出せば良いと言った。マーフィーにも確実に影響を与えたエマーソンは「いかなる歴史や物語も、自分のことが書かれているのだと思え」と書いている。
マーフィーは言う。「神には永遠の今しかないのだ」
ニサルダガッタ・マハラジ自体は、世俗的、物的な願いの成就に関しては、まずほとんど語らないが、その教えに注意することで、マーフィーの成功法則をスムーズに働かせることができるようになると思う。
マハラジも言っていた。「好きなように世界を変えるが良い」「世界は私のものだ」「思いが十分に強ければ願いは叶う」
マハラジ自体は、タバコ屋を営む貧しい老人であった。だが、永遠の平和の中にいる彼には、世俗の喜びは他愛のないものなのだろう。それに、彼が貧しいとばかりは言えない。
あるボロをまとった聖者に誰かが尋ねた。
「あなたは、まず自分の状況を変えることが必要ではないのですか?」
聖者は答えた。
「どの状況のことを言っているのかね?」
敢えて言うが、彼には、豪邸に住み、きらびやかな服を着ることも造作もないことだ。だが、彼は人々がそれに目を奪われて真理を見逃さないよう、敢えてそんな姿でいるのかもしれない。

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Comments

こんばんは、早速また来てしまいました(笑)。

「あなたの言われることに何の意味があるのですか?」
「私には、あなたの言うことが全く理解できません」

この場合の理解するとは、つまり分析するということですよね。
でも分析すると「全体性」=ホロニックを失う。
そして一度分析したものを合成しても、決して全体にはなりません。
還元主義の落とし穴です。

ではどうするか、自分の内なる身体的言語で「同質のものを感じるとる」こと
以外に方法はないと思います。
禅の言葉とかも、詳細に説明すればするほど、本質から遠ざかる気がします。

「いかなる歴史や物語も、自分のことが書かれているのだと思え」
含蓄のある言葉ですね。
たとえば、中世の魔女裁判を人権思想がない頃の「不幸な歴史」としてしまう
のではなく「自分の痛み・自分の業」としてとらえることができるか、
ということですね。

神道はまだまだ未知の世界です。今は道教で精一杯かな(笑)。
ただ、拒絶反応のあった国家神道は、本来の神道の姿ではないということは
最近知ることができました。
切腹が武士道本来の姿ではないように。

Posted by: バビル三世 | 2009.04.16 11:38 PM

★バビル三世さん
をを!素晴らしい論理ですね。
理屈っぽいって言われませんか?(笑)
いえ、私も理屈大いに言うべしと思っています。もちろん、理屈に限界はあるかもしれませんが、可能なところまでは理屈を言うことも大切と思います。
はい、国家神道は、国民の思想統制に使われただけです。

私は、武士は、実に下らないものだと思っています。
逆に、腹を切るという、世界でも類を見ない自決に、何か人の誠意を感じます。腹はとても大事なものです。人間の生命の根源があるのではないかと思います。それを敢えて切るという行為は、禊のようにすら感じます。
ここらへんは、バビル三世さんと逆の価値観かもしれません。

Posted by: Kay | 2009.04.17 09:46 PM

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