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2009.04.21

自分を信じるには

引きこもりと引っ込み思案は違うものだろうか?
日本語として見る限り、あまり違いが無いような感じもする。
吉本隆明氏によれば、自身もそうだと言うが、引きこもりは、1人でじっと考える性質があり、それはむしろ美点であると書かれていたこともある。それならば、引きこもりは、むしろ引っ込み思案と言った方が的確な表現だと思うくらいだ。

英語で言う場合、必ずしも日本語での雰囲気と一致するとは思わないが、引きこもりは、reclusiveと表現することが多い。この単語は主に孤立を表し、引っ込み思案は、shyest personといった、極度の恥ずかしがり屋といった意味の言葉を使う。これならなるほどと思える。

引きこもりほどではないかもしれないが、引っ込み思案も大きな問題である。
なぜ引っ込み思案、つまり、極度の恥ずかしがり屋になるのかといえば、臆病、劣等感、自信の喪失が原因と思われる。
一方、引きこもりは精神的逸脱、つまり、精神の強制的な反応が社会生活に適していない場合もあるだろうが、臆病、劣等感という場合も少なくないと思う。

精神の強制的な反応に関しては、世界的に非難も多いが、大俳優トム・クルーズが熱心に信仰することで有名な宗教であるサイエントロジーの教祖であり、日本でも教育者に案外支持者が多い、世界的作家L.ロン.ハバートの「ダイアネティックス」の説明が面白かった。「ダイアネティックス」は世界で1800万部が出版されているだけでなく、作家としてのハバートを、レイ・ブラッド・ベリ、スティーブン・キング、アイザック・アシモフらが絶賛しているという話もある。実際、ハバートの小説は面白い。
ハバートは1930年頃に大学でコンピュータを学んでいるが、彼の著書「科学の進化」を読むと、当時の旧式のコンピュータで人工知能をかなりよく考えていることが分り、それは凄いことと思うが、人間の精神作用まで機械論的に考えてしまっているように思う。私は、それでもダイアネティックスは下手な精神分析学や心理学よりマシな部分が多いのではと思う。しかし、いずれにせよ、人間の精神を普通のコンピュータ(フォン・ノイマン型)で説明するのは限界があり、矛盾が起こってしまったように思う。彼は、フロイトやユングのような曖昧さを残したくなかったので、コンピュータの正確な処理にこだわったのではないだろうかと思うのだ。

引きこもりにしろ、引っ込み思案にしろ、両者が似ているか異なっているかはともかく、すんなりと理解できるような、いわゆる論理的な方法で解決することなんて不可能と思う。
こんなところで、宗教的なものの出番ともなるのであるが、怪しいものが多いのが泣き所であろう。
もし、「ダイアネティックス」の技術が本物であるなら、引きこもりも引っ込み思案も確実に良い方向に劇的に改善できるだろうし、実際、ダイアネティックスの治療家であれば、そう主張するはずだ。
参考程度に書くと、サイエントロジーはフランスではカルト(反社会的な宗教団体)とされている。

ダイアネティックでの方法はとりあえず置いておくとして、引きこもりや引っ込み思案の問題の解決の鍵は、自信、つまり、自己信頼となると思う。引きこもりも引っ込み思案も、自己への信頼が足りないのは間違いないのではないだろうか?
ジョセフ・マーフィーの「眠りながら巨富を得る」(大島淳一訳、三笠書房 知的生きかた文庫)に、引っ込み思案を見事に克服させた教師の話があり、良い話だと思った。208ページなので、良かったら読んでみて欲しい。
また、この本の中で、マーフィーは自己信頼のための優れた書として、エマーソンの「自己を信ずるということ」という本を上げているが、これは新しい翻訳で「自己信頼」というタイトルになっているものであると思う。エマーソンは最高の思想家であり、「自己信頼」も至高の論文である。
「自己信頼」は海と月社から出ているし、「精神について (エマソン名著選) 」(日本教文社)にも含まれている。前者が読みやすいが、後者の訳が格調高いと思う。いずれもお薦めである。
マーフィーはよくエマーソンを引用しており、エマーソンの思想は全面的に肯定しているように思う。
私が、引きこもり状態から脱したのは(性質としての引きこもりは一生続くが)、マーフィーの本によるところが大きいのであるが、エマーソンの言葉は心を揺さぶり、まやかしの幻想を打ち砕く力があるのだ。

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Comments

私は岡田虎二郎のことについて全く知らなかったので、
今日ネットで調べてみました。

「発狂した者や病人を、ただ日々対座させることによって治した」
とあったので、よほど霊性の高い人だっだのだろうと思って
いたら、キリスト教神秘主義者であるスウェーデンボルグの思想の
影響も受けていたのですね。

「教育の本質は愛にある。愛とは個人的な、ある特定の対象に
対する愛ではない。無我的、普遍的な愛である。太陽の光のように
無心にして選ぶところ無き愛である。
新約聖書の『神は、正しき者にも、正しからざる者にも等しく雨を 
降らしめ給う』ところの愛である」(「語録」より)

これなどは「愛」を「慈悲」に「正しき者」を「善人」に置き換えれば
親鸞の教えにも近いですね。感銘を受けました。

Kayさんの記述を読んで、岡田虎二郎、スウェーデンボルグの思想の深さを
知ることができました。ありがとうございます。
これからも自分なりに研究して行こうと思います。

Posted by: バビル三世 | 2009.04.21 at 11:35 PM

★バビル三世さん
私が、岡田虎次郎を百年も前から知っているように書いていますが、実は知ったのは今年の初めです。
岡田虎次郎さんと直接逢われたことのある、柳田誠二郎さんの本を早速3冊買い(内2冊は絶版で、古書で買いました)、読みましたが、素晴らしいものでした。
日本には、今は忘れられていても、大変な人がもっといるのではないかと思います。
最近は、神道家の黒住宗忠にこっております。

Posted by: Kay | 2009.04.22 at 10:00 PM

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