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2009.03.26

「古事記」のニューソート

最近、アメリカで始まったと言われる、ニューソート(New Thought)に興味を持ち始めた。
ニューソートという言葉は昔から知っていたが、詳しくは知らずに、何かいかがわしいものという印象があった。

ニューソートとは、直訳では「新しい解釈」となるが、実際その通りで、聖書を伝統的な権威ある解釈にとらわれることなく、その奥に秘められた真の意味を解明しようというものだ。
いわゆる独自解釈というだけなら、もともとが意味不明な感のある聖書であるから、さぞや独断に満ちたものになると思われるのであるが、多くの人々の支持を集めるものでは、不思議なほどにそうではない。

昔、エマニュエル・スウェーデンボルグという万能の天才でもある神秘家の著書で、「聖書を正しく理解するには、霊的英知が必要だが、現代人にはそれがないので、表面的な言葉通りの解釈しかできない」と書かれていたのを思い出す。なるほど、それがニューソートなのだと思う。実際、ニューソートの源流はスウェーデンボルグであるらしい。
そして、私が最高の思想家と思っているラルフ・ウォルドー・エマーソンもスウェーデンボルグの影響を受けたニューソートの思想家とも言われている。
現在では忘れられてしまっていることが多いが、明治・大正の偉大な思想家であり、岡田式静坐法で知られた岡田虎二郎も、エマーソンを通じて、スウェーデンボルグの影響を受けているとも言われている。
私がニートから抜け出せるきっかけとなった本の著者であるジョセフ・マーフィーもまた、人気のあるニューソートの牧師である。

聖書のニューソートはアメリカでは大きな運動となったが、我が国でもありえる。
それは「古事記」の霊的な解釈である。
アメリカでは、優れたニューソート思想家による聖書の理解は、伝統的で権威ある聖書解釈をはるかに超えたと思うが、我が国でもそのようなものが現われるかもしれない。
ただ、「古事記」に関して、我々日本人にはニューソートは無用かもしれない。ただ無心に読めば、日本人であれば、誰にでもその深い意味は感得できるはずだ。むしろ、妙な解釈を知らない方が良いくらいである。
西洋では、権威者が聖書を歪めてしまったので、ニューソートの運動が必要であった。我が国でも、一時、国家神道としてやはり同じようなことが行われたが、現在ではその影響はほとんど無いと思われる。
しかし、現在の日本人は徳を失ってしまい、日本人本来の英知を失ってしまっている。もしかしたら、もう古事記を理解できないくらい、堕落しているかもしれない。だが、食を慎みさえすれば、確実に霊的英知を取り戻せるだろう。逆に言えば、食の慎みがなく、飽食・美食であれば、古事記もただのヨタ話にしか感じないのである。そして、徳はさらに衰え、英知は欠片もなくなり、日本の破滅は必然となる。
だが、心配無用だ。ただ食を慎み、古事記の神話に触れた者から徳を取り戻し、平和と豊かさを得るのである。

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Comments

食を慎もうと思います

Posted by: 太郎 | 2009.03.27 at 12:43 AM

★太郎さん
それが良いです。

Posted by: Kay | 2009.03.27 at 09:50 PM

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