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2009.01.20

以心伝心の美徳

日本人の性質を表す言葉として「以心伝心」というものがある。
言わなくとも考えが伝わるといった意味で、美点とも欠点とも言われることがある。
ただ、最近では、こういった日本人の性質に対する批判の方が目立つように思う。

私は、結論から言うと、以心伝心というものが悪いのではなく、日本人から美しい以心伝心が消えたのだと思う。
日本人が本来持っていた以心伝心は素晴らしいものである。
現在の日本人は我欲が強くなってしまったことが、良い以心伝心が出来なくなった原因と思う。

アメリカを典型として、多民族国家では、同じ地域に住んでいる人々でも、考え方が相当に異なるのが当たり前であるため、そのような国ではコミュニケーション技術がないと、うまくやっていけない。多様な相手に対する説得技術、それでいて反感を持たれないための観察と対応技術、その他、あらゆる対話術が発達した。特に立場の弱い者は、その能力を高めないと生きていけないという事情がある。
そのような場所で、以心伝心なんて言ってたら、何も相手に伝わらないし、何も得られない。どうすれば自分の主張を通し、相手を説得し、有利な条件で取引するか必死で考えないといけないのだ。
下手な主張をすれば殺されるし、かといって主張せずに大人しくしていたら全て奪われるという厳しい状況で磨かれた交渉技術は、日本人の太刀打ちできるものではない。
日本人は政治的な交渉が下手で、外国に不利な条件を押し付けられることが多いが、それも多額の金を貸しているような相手からすらそうである。国際社会では圧倒的に有利な立場にあるはずなのに、立場の弱い北朝鮮に対してすら手も足も出ないと言って間違いない。
中国や韓国相手の交渉を見ると、いったいどちらが借金をしている方の国なのか絶対に分らない(当然、日本が莫大な金を貸しており、それが返ってくる見込みはほぼ無い)。ましてや、アメリカと対等な交渉ができるはずがない。

では、日本人同士の以心伝心というものはどうであろう。
現在でも、我々は、形の上では、多くのことで以心伝心に頼っている。
ただ、皆が、自分に都合の良い考えが伝わり、それが了承されているはずだという、おかしな以心伝心になってしまっているのだ。
それで、いざ、言葉で伝えると、相手の考えが、自分の期待するものと全く異なることが分って愕然としたり、その時に初めて文句を言ったり、うろたえたりするのだ。
「私はあなたを愛しているの。あなたもそうでしょう?」
「あれは遊びだろう。君もそのつもりだと思っていたさ」
なんてことは、あまりにありふれたものである。
西洋では、恋人や夫婦がいつもキスをし、「アイラブユー」と言う。日本人から見ると、堂々としている点が羨ましい場合もあるが、慎みに欠け情緒がないようにも感じる。しかし、彼らの、「言わなければ何も伝わらない」という伝統は愛情に関しても例外ではなく、常に愛していると外面的に表現しないと愛していることにならないのである。それは、男女の間だけでなく、親子の間でも、「愛しているよ」とはっきりと、そして、頻繁に言う。
西洋人の恋人を持つと、日本人はとまどう場合が多い。日本人の男の子はアイラブユーを言わないので、西洋の女の子は愛情を疑うし、日本人の女の子は人前で恋人といちゃいちゃせず、他の男の子と同じように扱うので、西洋人の彼はヤキモチを焼くのである。

日本の自動車メーカーや電気製品メーカーは、「不況になれば、期間従業員や派遣労働者を抱えておれないのは、彼らだって分っているはずだ」と思っているが、労働者の方は、「会社は、我々の生活を配慮するはずだ」と思っている。お互いの意思は全く伝わっていないが、この場合、立場の強い会社側の思い通りになる。そして、強い反発を見せる労働者達に、会社幹部も戸惑っているだろう。「こんなリスキーな労働形態を選んで働いているのだから、いざという時の準備くらいしておくべきだ」と思っているに違いない。
親と子、上司と部下など、現在、ほとんど以心伝心が正しく伝わらない間では、立場の強い方の意思が通ることとなる。弱い立場の者が、心を抑圧され、その場所に行こうとしなくなって、登校拒否や登社拒否となり、ひきこもりになってしまう場合も多いだろう。

人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」で、ドイツから来て日本の風習が分らずに戸惑うアスカに、ミサトは「察しと思いやりが日本の伝統なのよ」と言う。
そして、今の日本人は、相手の心を察する感受性と思いやりに欠けているのだ。そのような中で、以心伝心に頼ると、上にあげたようなことになってしまうのだ。

そう、日本の以心伝心は、察しと思いやりの上に成り立っていたのだ。
実際には、相手の考えなど分らない場合の方が多いだろう。
しかし、その場合でも、相手を悪く思わない。誤解するとしても良い方に誤解するという美徳があったのだ。
ZARDの「心を開いて」という歌に、「私はあなたが思ってるような人じゃないかもしれない」という詩がある。
また、子供が悪いことをした時も、「あなたは、あの子を助けたくてわざとやっただけでしょう?」とかばってあげる。
そうすれば、良い誤解を受けたり、かばわれた方も、相手の思いやりや期待に答えようとするものであった。
いや、実際は、いくら良く思ってあげたり、かばってあげても、何度も裏切られることもある。しかし、それでも信じてあげるという愚直な人間を賞賛する性質も日本人にはあったのだ。
実を言うと、本来のキリスト教の教えもこれに近いはずである。イエスは「自分がして欲しいように他人に対してもせよ」と言っている。これは黄金律(ゴールデン・ルール)と呼ばれているものと思う。黄金律の実践には「察しと思いやり」が必要である。また、ハンムラビ法典の「目には目を、歯には歯を」とは反対に、「右の頬を打たれたら、左を差し出せ」という様に忍耐も要求している。

自己主張も大切なものとは思うが、慎みも大切であり、日本においては、特に自分の利益のためのことに関しては慎みを美徳としてきた。
しかし、現在の日本人は慎みを忘れ、かといって、アメリカなどのように、コミュニケーション技術を、生死を賭けた交渉で磨いてきたわけでもない。
それで、身の程も知らずに、ただ要求するだけの日本人だらけになってしまったように思う。

ディベートや交渉術は日本人向きではないと思う。
日本人は、ディベートや交渉が通じない自然の中で、自然と共生して生きてきたのだ。
その中で、自我を消滅させることで、正しく以心伝心が成立し、何事もうまくいくことを知っていた。それは自然すら味方にすることができた。
不要なものを求めず、現状を幸福に思い感謝することで自我を消すことができる。
そうなれば、恐れることは何もない。
どうすれば、不要なものを求めず、現状を幸福に思い感謝できるかというなら、食を慎むのが最も簡単である。それ以外の方法がもしあるとしても、非常に難しいと思う。常に空腹に感じる程度に食を慎めば、心は治まり、我欲は少なくなり、感謝しやすい心となる。
自然と共生してきた日本人には特にその効果は大きいのである。ならば、少食にせずにいられようか。

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Comments

自然と体に飲みこめる文章ですね。でも拒否反応がでる。
今まで裏切られ続けてきたのに、これを乗り越えて信用しろ。と言われるのは本当に苦しい。
受け入れた結果が引きこもりになってるし、これ以上は命を相手に上げないといけなくなる。
最近自分に無い感情が体の中を支配してます。
今まで痛みを無視したり我慢したりしてたのが、反発心が出てきてる。
この感情はダメです。自分がされたくない事を相手にしてしまう。
でも命を上げるのは流石に出来ないので・・。
最近痩せすぎて怖くなり、ちょっと物を食べ始めてます。ダメな傾向ですよね。注意します。

Posted by: minami | 2009.01.20 at 11:59 PM

★minamiさん
過去を恨まず、未来を煩わずになれば幸せなんですけどね。
私が目指すのはそれです。そのために少食にしています。

>最近痩せすぎて怖くなり、ちょっと物を食べ始めてます。ダメな傾向ですよね。注意します。

別にダメではありません。
食べた方が良いと判断すれば食べれば良いのです。
少食に限らず、何が起こっても全て自分の責任です。
私は、やや無理な少食をしていますが、何が起こっても全て自分の責任というつもりでやっています。

Posted by: Kay | 2009.01.21 at 09:44 PM

こんにちは。
アメリカ大統領にアフリカ系アメリカ人のオバマ氏が就任しました。ホワイトハウスに初の黒人大統領が入ることになりました。言霊という言葉がありますね。オバマ氏の言葉はアメリカ国民の心を動かし、イリノイ州議会議員から合衆国上院議員を経てアメリカ合衆国44代大統領になりました。常日頃の発言は自分を創り、その言葉は人々の心に影響を与え、今、アメリカ民衆に受け入れられたのだと思います。因果応報もありますが、罪を憎んで人を憎まず、人が本当に困っているときには、察しと思いやりをもって接したいものですね。

                 from ゆう

Posted by: ゆう | 2009.01.24 at 03:08 PM

★ゆうさん
アメリカ人の言葉の力にはテクニックを感じます。
日本の言霊とはかなり異なると思います。
日本の本来の察しと思いやりは、共生というものが土台にあり、それにより、ごく自然に行われてきました。
アメリカ人にとって、自然は征服するものですが、日本人にとっては、共に生きる仲間です。
やはりアメリカとは相当に異なる文化、自然観であると思います。

Posted by: Kay | 2009.01.24 at 07:35 PM

kayさんへ

日本人にも技巧的な言葉を使い、その技法によって生計を立てている人は沢山います。^^うちの上司なんぞ典型的ですよww技術者であっても言葉というものは大事ですねw頭のいい人の屁理屈?は手に負えませんw
あれは、パワハラだわw

面白い話を聞いたことがあります。野球をやろうというとアメリカ人は、まずバットを持ち、日本人はグローブを握るらしいですね。^^アメリカ人は男性(攻撃)的で、日本人は女性的だといえないでしょうか。

Posted by: ゆう | 2009.01.25 at 12:14 AM

★ゆうさん
私は、技巧的な言葉で仕事をしている人は、セールスマンなら時々見たように思います。それでも、必ずしも言葉の上手さが成績にはつながらないもののように思いました。

Posted by: Kay | 2009.01.25 at 09:09 PM

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