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2009.01.07

ひきこもりには3つの生き方がある

昨日、マズローの「欲求段階説」を書き、ひきこもりの状況を考えたら、ちょっとした閃きがあった。
これで、ひきこもりの状況が説明でき、状況改善のヒントが得られるかもしれない。

人間は、動物的な下位の欲求が満足させられることで、より高度な欲求に目覚めるのである。
その高度な欲求が、即、仕事や社会活動、あるいは、収入に結びつくかどうかは分らないが、変化をもたらすことは確かと思う。

まず、最も低位の欲求は、食欲と性欲と言って良いだろう。
ひきこもりの大部分は、親に食べさせてもらっているので、食欲は満たされているだろう。
性欲に関して言うなら、コリン・ウィルソンが言った通り、「マスターベーションこそ、人類だけが獲得した高度な能力」であり、相手がいなくても満たすことが可能だ。マズローは、それは猿でもやると反論したが、オス猿は、近くにメス猿がないとマスターベーションできないのである。
宮沢賢治ですら、大変なエロ本の収集家であることが分っているらしく、それによって性欲を満足させ、より高度な欲求段階に進んだのではないか?
よって、人間であれば、性欲に関しても誰でも満足させることが可能である。

次の欲求の段階は、安全、そして、グループへの帰属欲求と進む。
安全に関しても、ひきこもりの大半は問題ない状況と言えると思う。
グループへの帰属欲求に関しては、ひきこもりの大半は、親と同居であろうから、多少は満たされていると思う。しかし、満足でない場合が多いと思う。
では、このあたりがひきこもりの問題となるはずだ。
昔と違い、インターネットがある現在では、SNS等に参加することで、ある程度のグループへの帰属欲求が満たされる。また、ネット上では、ひきこもりのためのコミュニティサイトもいろいろあり、仲間には事欠かないかもしれない。
しかし、ネット上の関係というのが、どのくらいリアルに感じるかは人それぞれと思うが、やはり身近に接するのとはかなり異なるだろう。また、余程の文章での表現力がないと、中身のある有益なコミュニケーションはできないが、ほとんどの人にはそれは無理であろう。
結論からいって、ネットで、グループへの帰属欲求は満足できない。

尚、これはマズローも言っていないと思うが、グループへの帰属欲求をすっ飛ばして、自我の欲求段階に進むと、芸術家になる可能性もある。
芸術というのは、人間の普遍的な根本的、本質的魂に響くものであると同時に、独創的なものであるという矛盾したところのあるものだ。
下手にグループに帰属しない方が独創性を伸ばすには良い。
ただし、限界を突き抜けて進めないと、単なる変な人だ。適度に変であってはならず、ウルトラ級に変でないといけないのだ。天才と狂気は紙一重とはこのことだ。
芸術家とは、集団に帰属しないどころか、集団に決して馴染めない者であるが、あくまで、集団を超える者なのだ。イェイツのように、ニーチェのように、エリオットのように「集団に真理はない」と断言できる者でないと芸術家ではない。
そして、芸術家はグループに帰属しないまま、病的な自我の満足を求めてのたうつ惨めな存在でもある。それを鮮明に見せてくれたのは、最後の天才と言われたサルバドル・ダリであったと思う。
彼は大天才であったが、彼の人生は悲劇であり喜劇だった。
イェイツは、人生が悲劇であると悟った時にはじめて生きることを始めると言ったが、それは芸術家としての彼の人生だ。

ここで、ひきこもりの人生には3つの運命が用意されていることが分る。
早目にこの中の1つを選んで進むことが大事だ。
■1つ目は、グループへの帰属欲求が満たされないまま、その先に行けずに一生を惨めに終えることだ。何もせずにいたら、全員がそうなる。30代どころか、40代、50代でも就業経験が無いなんてのは、この1つ目の人である。
■2つ目は、運良く、優しい人達にグループに招かれ、グループへの帰属欲求が満たされて、当たり前の人間として進歩していくことだ。
■3つ目は、芸術家になることだ。ただし、悲劇的人生に終るリスクが大きい。

人類は、2つ目のことができるように進化しないといけないだろう。
だが、現在の日本では、ワン・パターンの人間を「製造」することで、誰もがグループに帰属できるようにする制度があるだけだ。もちろん、善意でワン・パターンの人間を製造しようとしているのではなく、資本主義経済の必要性から、国家と大企業が教育制度やマスコミを利用して国民を、ワン・パターンの人間に洗脳しているのだ。
2つ目の道であっても、その先は、こういった国家に思想統制されたワン・パターンの思考タイプの世界であるから、個性的なひきこもりはかなりの不満は感じるが、とりあえず自分で食ってはいける。
実は、私が現在いるのが、この2つ目の道である。私はいつも、心優しい人たちに招かれ、グループに入れてもらい、社会的にはいつも豊かである。しかし、そこが自分の居場所でないことは感じており、精神的にはかなり虚しいものである。
しかし、やはり運が良いことは確かであろう。親に食べさせてもらうどころか、自分の稼ぎで親に贅沢をさせている。
望むなら、ひきこもりでも私のようにはなれるかもしれない。私は働いているが、れっきとしたひきこもりであり、もし精神科や神経内科に行けば、立派な病名の3つや4つは軽くゲットできるだろう。

何のことはないのである。ひきこもりでも、社会でやっていくには、どうすれば、人間全部とは言わないが、社会の中にいる一部の人間にでも好かれるかということだ。もちろん、チンピラや無能力者に好かれてもどうしようもないことは認識せざるをえない。ある程度は、社会的に力のある人間に好かれないと意味がない。そのためには、性格の悪いやつ、自己中心的なやつと思われたら駄目だろう。
あるいは、大多数の人間からは敬遠されるが、大人物には好かれるという人もいる。ゴッドファーザーに好かれるようなもので、この場合は経済的にはかなり保証される。この場合は、かなり苦労をして得た人生経験とか、何かに打ち込んで得た能力とかが必要だ。世の中、甘くない(笑)。しかし、肝心なのは、偉大な人間に対してへりくだる謙虚さである。
ただ、この2つ目の道を行けるのは、ある程度若い人である。力のある人に可愛がってもらえるのも、30代も半ばまでである。しかも、ある程度若くして、先に述べた経験や能力が必要である。力のある人は、単に面白いとか可愛いとか、性格が良いだけの人間は相手にしない。

まずは2つ目の道を選択して、社会的に自立し、一生をかけて芸術、あるいは、普通の人にできない特別な道を目指すというのが、ひきこもりの楽な生き方ではないかと思う。
尚、力ある人に好かれる性質を獲得する良い方法はやはり少食である。慎みのある人間が、大人物に好かれないはずがない。どうせなら、あなた1人くらいただ飯を食わせるだけの度量のある人物に好かれようではないか。

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Comments

なんだ正解だった私の生き方は

Posted by: Y | 2009.01.08 at 12:38 AM

何か一つに打ち込むしか対策が無いと個人的に思ってます。
ネット依存症は辞められないので、ネットしながら出来る何か。
俺がしてるのは英語のラジオをだらだら聞いてます。
勉強方法としては間違ってますが。
語学は道具で技術から得た方がいいっていう話もありますが。
プログラムやら絵は続かないんです・・。

あとネットではSNSでさえも仲間を作るのは絶対に無理です。

Posted by: minami | 2009.01.08 at 12:51 AM

【社会的に力のある人間に好かれないと意味がない】

社会的に力はなくてもKayさんの事好きなんですが、、
腕力には自信のある私ということで、譲歩して下され。

【慎みのある人間が、大人物に好かれないはずがない】

言えてます。

Posted by: 華文字 | 2009.01.08 at 04:19 PM

今丁度3つ目の生き方を実践し始めているところです。
自分の考えが正しいものであったと、より強い思いを抱きました、ありがとうございます。

>>ただし、限界を突き抜けて進めないと、単なる変な人だ。適度に変であってはならず、ウルトラ級に変でないといけないのだ。天才と狂気は紙一重とはこのことだ。


まだまだ小さいことで人目を気にしてしまいますが、少しづつでも変えていこうと思います。
「変人」とか「変わり者」という言葉に賞賛の意を感じる人間なので大丈夫でしょう(笑)

Posted by: あき | 2009.01.08 at 06:12 PM

★Yさんへ
私も正解・・・かもしれませんが、まだまだ途中です。


★minamiさん
外国語をただ聞き流すというのは、決して間違った勉強法ではないと思います。
私も、続かなかったものが沢山ありました。
でも、プログラムも絵も、やりかた次第で続くと思います。
工夫されてはいかがでしょう?


★華文字さん
これはこれは、美術ブログ人気ランキング1位の華文字さん!
(これ言うの、久し振りだなぁ♪)

>社会的に力はなくてもKayさんの事好きなんですが、、

をを!愛の告白♪
分かりました!私も妻子は捨てましょう!<おらんって^^;

インザちゃんは自動的に私の娘(笑)。
あはは!でも、ありがとうございます!

大人物は、甘えてくる人にはお宝をくれるものであると思います。


★あきさん
3つ目の道。それは素晴らしいですね。
無謀な冒険の道かもしれませんが、きっと充実したものになると思います。
狂った世の中で狂人扱いされることこそ、上昇の証かもしれませんね。
いざ、狂いましょう!

Posted by: Kay | 2009.01.08 at 10:00 PM

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