岡本太郎も子供時代は猛烈にいじめられた
岡本太郎も、子供の頃はよくいじめられたそうです。
小学校も初めの頃から、学校や教師が押し付ける馬鹿げた価値観に耐えられず、何度も転校したあげく寄宿舎に入ることとなりましたが、それは非常に不幸なこととなりました。
回りの子供達は、学校や教師の押し付ける、この国の支配層に都合の良い歪んだ嘘だらけの価値観に染まっているのですから、それを拒否している太郎は猛烈にいじめられます。人間は、自分の持つ価値観と異なる価値観を持つ者を許さないのです。
しかし、普通に学校に通っているのであれば、少なくとも学校から帰ればいじめられることはありません。しかし、寄宿舎であれば、1日24時間、逃げ場がないのです。
太郎は、他の子供達にいつもよってたかって殴られるだけでなく、当然、教師にもいじめられます。教師と他の子供達は同じ価値観を共有しているのですから、子供達がいじめるなら教師だって必ずいじめます。それは今の学校でも全く変わりません。
教師達は、太郎に「素飯(すめし)」を食べさせました。素飯というのは、おかずがない、塩をかけただけのご飯です。他の子供達のご飯にはおかずやデザートが付いているのに、太郎だけはそれがありませんでした。それは幼い子供には過酷なことであったはずで、太郎は本気で自殺を考えたようです。
ところが、太郎が有名な画家になった後に同窓会があったのですが、太郎は、自分をいじめた者と仲良く酒を飲んだそうです。ただ、これは、太郎がそれほど大きくなったということであり、学校や教師の在り様には今の時代でも救いはありません。
太郎は、日本ではどこででもいじめられたように思います。
30歳でフランスから帰国すると、二等兵として中国に派遣されます。周りは18~19歳の青年ばかりですが、太郎は彼らと一緒にしごかれるわけです。
日本では特に、立場が上がれば人間性は下がるという伝統があります。軍隊も同様で、夜中に上官が若い兵隊を呼び出して殴るという慣習がありました。思ったことをズケズケ言う太郎は特に嫌われていたはずです。
太郎は、上官からの呼び出しの時には、いつも4番目に行くことにしていました。殴る方は、4番目が一番調子が出るのです。あえてその4番になるわけです。太郎の格違いの魂の大きさはこんなところからも分ります。
ただ、太郎は、若い兵隊には人気があったとも言います。時々支給されるヨウカンなどの甘いものを、他の兵隊にやったそうです。別に彼らの機嫌を取るためではないでしょうが、この甘いものを食べないというのは、実はかなり辛いことです。現在でも刑務所でよく行われるいじめは、囚人に支給されるべき甘いもの(大福等)を取上げることです。人間は甘いものもある程度必要なようで、これを取上げられる辛さは経験者でないと分らないようです(私ではありませんよ(笑))。
しかし、太郎は「若いヤツらほど、甘いものが欲しくはないさ」と平気だったと言います。
上に書いたように、素飯を食べたり、甘いものを食べなかったりと、太郎もまた、運に恵まれる食事をしていた様子であります。
フランスのカフェや、日本でも、芸術家や思想家との会合では、お茶だけで長時間の激論をしたようです。
我々は、会合を行っても、それが、話し合いのためなのか、飲み食いのためなのか分らないようなことをよくします。
飲みものや食べ物がないと会合ができないなんて根性がそもそも間違っているのです。
食を節制するところに、幸運があるというのは普遍的真理であると思います。
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Comments
誕生日おめでとうございます!高校まで慶応ボーイだった岡本太郎の話を、当時を知っている方から聞いたことがあります。授業中に持っていたペンナイフを突然教室の天井に投げて突き刺してみたり、前に出て、教壇の上に寝そべってみたり・・・。破天荒な行動が目立ったそうです。当時から型破りだったようです。ちなみに、太陽の塔を始め、岡本太郎の彫刻作品を手掛けたのは、田中甲さんという彫刻家の方で、以前はうちの近所に大きなアトリエを構えて、何人ものアシスタントを抱えて、岡本太郎作品を作っていたのを拝見したことがあります。岡本太郎さんは、絵やデッサンだけを田中さんに見せ、後はそれを田中甲さんが、立体的な形に仕上げていかれたようです。イサム・ノグチといい、やはりいい片腕を持っていないとあれだけのスケールの大きな作品を次々と作るのは難しいかもしれません。
Posted by: 石彫人 | 2008.11.01 09:16 PM
★石彫人さん
ありがとうございます!
お誕生日のお祝いの言葉をいただいたのは、石彫人さんを入れて3人です。やはり友達が少ないですね^^;
田中甲さんといえば、同姓同名の政治家の方は名前だけは知ってますが、彫刻家の方は聞いたことがありませんでした。
横尾忠則さんは、太陽の塔はデザインとしては超一流だが芸術品じゃないって言ったそうですが、石彫人さんにこのカラクリを教えていただくと、横尾さんの言葉の受け取り方も違ってくるように思います。
イサムノグチは凄い人のようですね。実はほとんど存じません^^;
万博会場では、ノグチさんの「月の世界」と太陽の塔を並べて見ることができるようですが、きっと絶景でしょう。
かなりカッコ良い人のようでありますね。
きっと、イサムノグチの次は石彫人さんですね。
岡本太郎さんとは、当然、何の関わりもないですが、もう逢えないことがこれほど寂しいと思う人はいません。おかしなものです。
Posted by: Kay | 2008.11.01 09:58 PM