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2008.10.26

天啓と天使や妖精の似たところ

平凡な人間とは、世間に従っている人間のことだ。
やや特別な言い方をすると、共同幻想に取り込まれた人間だ。そんな人間は、真の自分を生きていない。

人が自己変革を起こすことがある。

それには、大体2通りある。

1つは、平凡な、あるいは、幸福(と自分で思っている)日常を送る者に訪れる。
衝撃的な事件が起こり、一瞬で自己を変えるきっかけを得る。
例えば、目の前で犬が稲妻に打たれて死ぬのを見て、生まれ変わるきっかけとした偉人がいた。

もう1つは、日常にうんざりしたり、気が狂うほどに落ち込み続け、それが臨界点に達した時だ。そんな時には何か事件が起こるものだ。
自分が経営する事業が不振となり、不安にさいなまれ、精神的にも肉体的にも衰退する中で不思議な事件が自分を変えることもある。

この2つが混同したような場合もある。自分は幸福だと思っていたのに、実はそうではなかったと気付いたような場合だ。

あるひきこもりは、自分は駄目な人間だと思っていたが、人に「君はちっとも駄目じゃない。自分でそう思い込んでいるだけさ」と言われて天啓を得た。
ニサルダガッタ・マハラジは、師に「あなたは至高の実在である」と言われ、その言葉を忘れなかっただけで3年で悟りを開いた。
プロボクシング世界ヘビー級王者で、当時無敵と言われていた23歳のジョージ・フォアマンは、30歳を過ぎた元王者モハメド・アリの無謀と言われた挑戦を受けたが、KO負けを喫した時、不思議な光を見て生まれ変わった。フォアマンは宗教家になり、さらに45歳で世界王者に復活する。

これらは、天啓を得るということでもある。ただし、天啓を得て自分になるまで、やや時間がかかる。
しかし、天啓を得てからそれが熟成した後に逢うと、その者は全くの別人になっている。

人生にうんざりしている人。人生に絶望している人は、是非とも、そのような天啓を得たいのではないだろうか?
では、そのような天啓を得た者のお話を見てみるのも良いと私は思う。

「マスターの教え」(飛鳥新社)や「マジック・ストーリー」(ソフトバンククリエイティブ )がそんなお話と思う。
また、「涼宮ハルヒの憂鬱」(角川スニーカー文庫)では、小学6年生のハルヒが自己変革を起こすきっかけとなった事件が面白い。小説1巻にあたる「涼宮ハルヒの憂鬱」および、アニメの「涼宮ハルヒの憂鬱VI」にそれがある。アニメの方は非常に幻想的に描かれ、小学6年生のハルヒはとても可愛い。

ただ、読んだり、見たりしただけでは駄目である。
真剣に考える必要がある。
世間や偉い人に従わない覚悟も必要となる。

そして、食を節制しないとやはり駄目である。たらふく食べている者には天啓は来ないし、来ても忘れてしまうだろう。
天啓とは、天使や妖精と同じようなものなのだ。

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