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2008.10.08

なぜ少食、粗食で運命を好転させることが可能か

私が、なぜ、食を厳しく節制すれば、運が良くなり、望むなら財や名誉にも恵まれると言うのかといいますと、1つには、江戸時代の観相学者、水野南北の「相法極意修身録」を読んで納得したというのがあります。
少し説明しましょう。
観相学とは、人の顔や身体の特徴から運勢を判断する一種の運命学です。
水野南北は、子供の頃から飲酒し、やがて酒代欲しさに強盗を働き、牢に入れられます。その牢の中で、罪人と普通の人では、顔の相に大きな違いがあることに気が付きます。
そこで、南北は観相家に自分の相を見てもらうと、致命的な悪相で、余命1年を宣告されます。助かる道は徳を積むしかないと言われ、南北は禅寺への出家を決意します。しかし、その相貌の悪さから禅寺の禅僧に入門を断られますが、「1年間、麦と大豆だけの食事をしたら入門させる」との約束をもらいました。南北はその通りとし、再度禅寺に入門を願いに行く前に、もう1度、あの観相家に会いました。すると、その観相家は「運勢が大きく変化している。おまえは余程の徳を積んだに違いない。人命を救うとか、寺を建てるとかしたのか?」と聞かれ、ただ、食事を麦と大豆だけにしただけだと答えます。すると、観相家は、それが徳になったのだと言います。
つまり、食を節制することは、人の命を救ったり、寺を建立するほどの徳であると言うわけです。
南北は出家を止め、自ら観相家を目指します。あらゆる努力をして観相を極めますが、南北は悩みます。観相学的には相が悪くても運勢の良い者がいるし、その反対もいる。ほとんどは修得した観相学の通りとなるが、百発百中でない。
大いに悩んだ南北は50日の断食と水行の荒行を行いますが、その時、食が全てであるという啓示を受けます。
以後、南北は観相の際にも、相談者の食生活を聞き、食の多少や贅沢具合により判断すると、万に1つ、運勢の判定に誤りがなくなりました。やがて、南北は相談者に観相のことは言わず、全て食で判定するようにすらなったと言います。
南北の運命判断にどのくらい権威があったかと言いますと、その弟子は千名とも言われ、評判を聞いた皇居からも度々鑑定に呼ばれたと言われます。また、7つの蔵を建てる長者であり、当時としては違例の78歳まで生きました。

さて、このような伝承には、当然誇張も含まれている可能性があり、全て信じて良いかどうかは疑問です。しかし、南北の「相法極意修身録」を読んだ限り、大変に納得できる内容でありました。しかし、これもまた、私の主観と言うもので、科学的、論理的根拠も欲しいところであります。それが無理な場合でも、現代的な統計資料でもあれば良いところです。健康に限って言えば、少食が健康に良いことは調査を実施すれば、正の相関関係があることは証明できそうな気がします。
財運に関しては分りません。IT富豪のビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズが、若い頃から少食であったことは有名ですが、大食・美食の富豪もいるかもしれません。

ところで、健康はともかく、財運を科学的、論理的に証明することなど、そもそも不可能です。そのため、仮説として説明するしかないのですが、あくまで仮説であり、それをどう捉えるかは個人の自由であります。
財運を含めた運勢を大真面目に考えるのは、占い師の他は、ギャンブラーがいます。実際に、大物ギャンブラーは何か不思議な運勢の法則を知っているような気もします。
他には、因果律や、その基盤である存在、時間、現象を総合的に考える哲学があります。宗教でも、高度な思想であれば哲学といって良いかもしれず、実際、ヒンズー教、仏教、道教は哲学と言われることもあるばかりか、その思想が最先端の科学者にヒントを与えることすらあります。物理学や数学も、あまりに高度になると宗教、あるいは形而上学と区別が付かなくなるほどに感じるかもしれませんが、実際に数学や物理学は世界の複雑な在り様そのものを説明するようになりました。では、将来は、数学や物理学で人の運命を判定できるようになるかと言いますと、そうではなく、数学や物理学で運命を鑑定できないということをこれらの学問で証明することとなると思います。

この世の真理を、科学的プロセスを通さず、一瞬にして直感で掴み取る能力を有するのではないかと思われるのが芸術家です。芸術家の重要な能力は「閃き」ですが、それは現在では論理的なものとは考えられていません。再現性が無いからです。
私は、元来はそのような能力は宗教家が有していたのではないかと思いますが、権威主義や形式化に走った宗教を司る者にそんな能力はありません。当然、権威に安住する芸術も同様なのですが、おそらく、真理の発見には、宗教よりも芸術に有利な点があるように思います。例えば、宗教法人が税制で優遇され、宗教でお金持ちになったり食べていくことに比べ、芸術家が非常に不利であるからで、これらのことが真理に目を開くのに役立つわけであります。ある意味、芸術家にとって有り難いことではありませんが(笑)。

芸術、あるいは宗教における閃きや啓示を論理的に考えるには、人類はもっと進化する必要があります。しかし、発明における閃きを基に、一般的な閃きや直感について考え抜いた人に、著名な発明家の中山正和さんがおられ、中山さんは仏教の教えの中にそのヒントを求めて独自の理論を確立しました。その理論に基づく方法論がもたらす創造力や発想力において海外の一流企業からも成果を認められ、そのノウハウを多くの著書に現しています。
中山さんが亡くなってしばらく経つとはいえ、中山さんの本が入手しにくくなってきました。日本というのは、ものの価値の分らない愚かな国であることよと思います。

中山さんの理論を簡単に述べますと、人間の脳の中には宇宙の力そのものがあります。その宇宙の力は名付けようもなく、中山さんは仮に「X」と呼んでいます。
このXの働きを邪魔しなければ、知恵は湧き放題、閃きは来放題、未来だって分るし、因果律だって読めます。縁起を操作することも可能かもしれず、そうなれば我々は万能です。
しかし、人間には、このXの働きを邪魔するものがあります。
動物であれば、やはりXは存在しますが、個々においては能力が限られていますので単独で巨大なパワーを発揮することはありません。しかし、動物はXの働きを邪魔するものがないので、人間から見れば不思議な能力を発揮することがあります。
このXを邪魔しない方法が、中山さんのNM(ナカヤマサカズ)法です。

中山さんは、NM法的効果をあげる簡単な方法として、「般若心経」の最後の呪文を唱えりゃいいんだとも言っています。
その呪文は、梵語の読みで「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディスヴァーハ」です。日本では、中国語で書かれたものの音読で「ギャテイ、ギャテイ、ハラギャテイ、ハラソウギャテイ、ボジソワカ」と言います。
どっちかというと、梵語の方がもとのままですので良いかもしれませんが、こだわることもありません。
そして、そもそもが、般若心経自体が、この呪文の強大な成果を保証しています。
なぜこの呪文が良いかは、説明もできますが、面倒なので飛ばします(笑)。

運命に影響を与える因果や縁起にどうやれば良い影響を与えるかについては、中山さん以外にも優れた人たちが考えをまとめています。
しかし、私が思い当たったのは、少食・粗食にすることがそのために最良であるということです。よって、少食・粗食が運命好転のために良いことはあまりに明白なわけです。

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Comments

修行僧のような生活が理想なんですけどね。
現代社会の中で生活していると欲や煩悩だらけです。
実はひきこもりの時に頭を丸めたことがあります。
精神的に不安定だったっていうのもありますけど。
(ブリトニーがやりましたよね)

Posted by: hiro | 2008.10.09 at 02:00 AM

★hiroさん
修行僧ですかあ?
私はちょっと気が進まないなあ。
修行僧ってのは、衣食住を提供してくれる人の言うとおりのことをやるロボットですからね。
自分の信念、信条に一切関係なく、いつ、何をするかは全部決められていて、自分で考えて何かすることはないですし、自由時間もないし。

私は、社会の中にいても自由でいたいですね。欲も煩悩も良いですが、押し付けられた欲や煩悩は嫌ですね。

Posted by: Kay | 2008.10.09 at 09:50 PM

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