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2008.07.10

心の強さとは

信じたいことを信じることができないのが人の苦しさだ。
冷静な自信をもって信じることができれば、およそこの世に不可能はない。
なりたいものになれ、したいことが出来、欲しいものは手に入る。

簡単にできるかどうかは分からぬが、思うように信じることができる道はある。
信じるべきことを信じれば良いのだ。何のことはない。
学校の成績の悪い子、おとなしい人、攻撃してこない人を、さげすみ、無視し、いじめて良いと信じているなら、信じるべきでないことを信じているのであり、それは信じる機能を破壊することなのである。
自分の方が偏差値の高い大学を出ているから、給料が高いから、世間で評価が高い仕事をしているから偉いという馬鹿げたことを信じて、本来の信じる心を濁らせてしまっていたら、良いことを信じられるはずがない。
実に簡単なことである。
人に優しくすることは良いことであるし、誰にでも同じように接してあげられることが人として正しい行いであるという正しいことを信じるなら、やがて思う通りのことを信じられるようになり、不可能なことはなくなるだろう。

少し昔、CLAMPさんの名作漫画「魔法騎士(マジックナイト)レイアース」という作品があった。
この作品では、「信じる心が力になる」を合言葉のようにしていた感がある。主人公の14歳の少女、光(ひかる)は強い心を持っていた。
光と、オートザム国のイケメン戦士イーグルは、宇宙の神であるモコナの命令で、セフィーロという国の柱(神様のようなもの)の座を賭けて、異空間で戦う。勝った方はセフィーロの柱となり、負けた方は、その場所で朽ち果てる。
光は勝つが、なんと、イーグルを連れ帰ろうとする。2人同時の帰還は不可能で、そんなことをすれば両方消滅する。そして、イーグルは病気のため、もう長くはなかった。光を愛するイーグルは、「僕はどの道死ぬ」と、光にセフィーロに戻るよう言うが、光は、「だめだ!生きている限り、一生懸命に生きるんだ」と諦めない。
この様子を見て、やはり光を愛する魔法剣士ランティスは、神モコナに剣を突きつけ、
「2人を戻せ。さもなくば、お前が神であろうが知ったことではない。俺はお前を切る」
と命じる。
この作品では、善も悪も、自ら正しいと信じることを貫いた。そして、CLAMPさんが明かした作品のテーマは「この世に絶対的な正義や悪など存在しない」であった。
ただし、貫いたのは自らの真の正義である。
そのような者の心は強く、最も強い心の持ち主は、神の命令より、たとえ途切れる寸前の命でも犠牲にしなかった光であった。

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