« イタリアの大聖堂への落書き事件を考え続けた | Main | カテゴリ分類を完全に変更しました »

2008.07.05

ひきこもりが楽しく働ける国へ

世間で、ひきこもりをどうすれば良いかという話となると、目指すところは学校や会社になんとか行かせようということであると思うが、まず、これは全くの的外れであると断言する。
おだやかな方法にしろ、荒療法にしろ、ひきこもりを社交的な性格にすることができるという妄想があるのかもしれない。いや、日本には、社交的であることが良いことであるという妄想や偏見があるのであろう。

まず、日本にはひきこもりに向いた仕事がほとんどない。日本は大量生産、大量消費の国であるが、その目的に向く、非常に狭い範囲の個性の持ち主以外は人間として認められないことになっている。
つまり、ある1つの基準による偏差値を受け入れる人間でないとまともな人間として扱われないのだ。極論すれば、日本の社会に苦も無く対応しているのはロボットのような人間である。
もっとも、この方式はもう限界が来ており、このままいけば、日本は経済以外にない国なのに、その経済が駄目という国になる。いや、もう十分になっている。

ひきこもりでも十分にやれる仕事が普通にある国になれば、未来はある。
私は、ひきこもり気質ではあるが、普通に会社に勤務している。だが、同じことをひきこもり気質の人に薦めたいとはあまり思わない。精神的負担が大変に大きく、精神や身体にも良くない。病気になったり、自殺する人が大量に出かねない。
「自殺するならひきこもれ」という本があるが、実際、私もそう思う。
ひきこもりが普通に働き、十分な収入を得ても、家庭を持つことは難しい。社会生活で疲れ果て、休日に家族サービスをするエネルギーなどないであろう。

ひきこもりは、本来は職人のような仕事に向いていると思う。だが、日本は、優れた職人は気難しく傲慢な人が多くて、弟子になるような人が少ない場合が多いと思う。実際、多くの重要な工芸品で後継者がいない状態だ。
また、日本では優れた職人の技能が高く評価されない。大量生産された工業製品を、流通に乗せて安価に販売することで企業が、そして、国家が成り立っているからだ。

株主から資金を集め、膨大な利益を上げるようなことばかりを目指す必要はない。
経済大国でなくて良い。
とはいえ、今はほとんどの日本人は仕事を情熱的に行っていない。例えば、信じがたいような低レベルの医療事故が起こるのは、医者が忙しすぎる場合があると共に、やる気のない医者が多いのだ。年金問題を見ても、つまるところ、昔から公務員にやる気がないのである。
学校の男の先生が女生徒にセクハラばかりするのも、仕事をやる気がないからである。事件が起きた時、「あんな熱心で真面目な先生が・・・」と決まったように言われるが、それは下手な芝居を見抜けなかっただけである。

いろんな個性の人間が十分に働ける国にすることが重要である。
まずは、手練の技、長い経験をもっと評価するようにしないといけない。人間は、何かに10年間、たゆまず熱心に取り組めば大変に能力になるし、20年、30年なら神業になる。
よく出来たバッグは、ブランドの問題ではなく、一生使える。いや、子供や孫にすら譲れる。
だが、そのようなことを行う事業家も、最近は少ないながら登場している。儲ける気はあまり強くないのだが、下手な営利第一企業よりよほどうまくいっているところもある。
ひきこもりの優れた能力を活かす企業が出れば、次はそこが成功するかもしれない。

↓よろしければいずれか(できれば両方)クリック願います。人気投票です。
人気blogランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

|

« イタリアの大聖堂への落書き事件を考え続けた | Main | カテゴリ分類を完全に変更しました »

Comments

専業“ひきこもり”の私としては、うれしい提案です♪話し相手は石ですから(笑)おまけに“うつ”(打つ)だし♪“ひきこもり”をポジティブに言えば、「自分の世界を持っている」ということ。だとしたら、“ひきこもり”を容認できる社会は、個性的な社会になるはず。

だいたい、“ひきこもり”という言葉自体が、社会の側から見た言葉。対極にあるのは、“みんなで”。“みんなで”幻想を打ち破らないと、価値観の転換は起こらないかな?

Posted by: 石彫人 | 2008.07.06 at 12:27 AM

社交的な場でよく言われる言葉があります。
「もっと自分を出そうよ」

彼らはすべての人間の自然な状態が、社交的・友好的と捉えてるようです。
しかし私の場合、むしろ個人的・独善的な傾向が強いので、迷惑をかけないようにわざと抑えるようにしているのですが。そんな人間がいることは知る由もないということでしょうか。
はじめから住む世界が違うのですね。

彼らはいつになったら気付いてくれるのでしょうか。
恐らく理解と容認よりも、諦めと偏見によって口を閉ざすのでしょうけれども。

Posted by: あき | 2008.07.06 at 02:31 PM

★石彫人さん
私が日本で最高の賢者と思っている思想家の吉本隆明さん(よにもとばななさんのお父さんと言った方がなぜか通りがいいですが・・・^^;)は、ひきこもりは素晴らしい性質と言います。それはきっと、石彫人さんの言われるとおり、自分の世界を持っているということであり、うわべに惑わされず深く考えることができるということと思います。
私も、ひきこもりとオタクは素晴らしいものと思っています。まあ、私がそうなんですが(笑)。
これからは、ひきこもり仲間ですね(をい)。

★あきさん
なるほど、なるほど。自分を出すということが、社交的・友好的になるとは、国家の思想統制が行き届いている連中ですね(笑)。
「自分を出そうよ」と言われて、こっちが本当にそうしたら、「なんで自分を出さないんだ」って言ってくるのでしょう(笑)。
以前、ホモのおにーさんに迫られて拒否したら、彼は「なぜもっと心をオープンにしないんだ!」って怒ってましたが、同じようなものですね。
彼らは、国家の思想統制や、その配下の学校に心を支配されています。
放っておきましょう。
モーリス・ホワイトによる「Let's Fly」という歌に、「地上の大騒ぎを尻目に、僕たちは行くんだ」という詩があります。これ、ガッチャマン'94の主題歌ですが。低いところでのいざこざを越え、高く飛べるという意味と思います。

Posted by: Kay | 2008.07.06 at 02:54 PM

B'zの稲葉さんの『Wonderland』の歌詞も面白いですよwink
この記事にピッタリのテーマソングになりそうnote

Posted by: ほのか | 2008.07.06 at 03:29 PM

★ほのかさん
素晴らしい詩ですね。奥深いです。
稲葉のアニキ、いい男な上に、いい詩を書くなあ。どこをとっても俺と五分(ぶぁきい!
あいつら、悟りを開いとんのかと思うことは時々あります。
Wonderlandが、我々の持つべき財産と言えるかもしれません。

Posted by: Kay | 2008.07.06 at 06:36 PM

問題なのは、どちらにしても絞り込まないといけないということで…この部分は洗脳じゃなくて真理?
興味が色々ありすぎてろくな目にあいません。(笑
引きこもりでも、例えばプログラムにばっかりとかだとそれが武器となるけど、中途半端にドラマ好きだったり音楽好きだったり、スポーツ観戦が好きな引きこもりだと致命的です。(汗

Wonderland、すごいですねー。
曲は知らないけど、いいですね。

Posted by: hideto | 2008.07.07 at 09:37 AM

★hidetoさん
私も興味の範囲は広い方です。もっと広くても良いと思っています。
音楽好きでスポーツ(特に格闘技)観戦好きなひきこもりです(笑)。

Posted by: Kay | 2008.07.07 at 09:57 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/3170/41743023

Listed below are links to weblogs that reference ひきこもりが楽しく働ける国へ:

« イタリアの大聖堂への落書き事件を考え続けた | Main | カテゴリ分類を完全に変更しました »