神秘な記憶
少し前、原田知世さんが「時をかける少女」を歌うのをテレビで見た、彼女もすっかり大人になった。
この歌は、彼女が15歳の時の同タイトルの映画の主題歌で、映画でも彼女の歌が使われていた。1983年のことで、監督は大林宣彦さんだ。原田さんは、主役の芳山和子を演じた。
未来人ケン・ソゴルは、過去の人間に未来の世界の記憶を残すわけにいかず、和子の記憶を消し去ってから未来に帰った。
映画では、後日談として、化学研究者になった和子の前にケンが姿を見せるが、和子は首を傾げ、不審そうな表情をしたが、そのままケンの前を通り過ぎた。
原作では、和子は、深町家(ケンは、この家に住む老夫婦の孫になりすましていた)からただようラベンダーの香りに、何か不思議な感情を抱く。そして、「いつか素晴らしい人物に会える。その人は私を知っている。いつ会えるかは知らないが、きっと会えるのだ」と思う。
では、映画版では和子はケンをすっかり忘れたかと言うと、そうではない。彼女が化学研究者の道を選んだのは、ケンの仕事がそれだったからだ。
いずれにしても、小説でも映画でも、心の奥深くで、和子はケンを覚えているのだ。
昭和40年の、この筒井康隆さんの小説の生命力は大したものだ。何度もドラマ、映画になり、2007年にはアニメ映画になった。
この作品の価値は何だろう。
私は、上に書いたように、表面的な意識では忘れてたようでも、人は大切なことを忘れないことを教えるからであると思う。
CLAMPさんの漫画「ツバサ・クロニクル」のアニメ版で「ふたつのキオク」というお話があった。サクラ姫は、過去の記憶を失くしており、好きだった小狼(シャオラン)のことも憶えていない。小狼が、サクラのために懸命になると、サクラは「どうしてそんなに私のためにしてくれるの?知らない人なのに・・・」と言って、小狼を悲しませたこともあった。
だが、この「ふたつのキオク」という話で、モコナ(白饅頭と言われることもある奇妙な生き物)は、「サクラは心の記憶は失くしたけど、身体の記憶は失くしてない」と言う。
それは、確かに、サクラの小狼に対する様子を見れば分かることである。
かつて「格闘王」と呼ばれた、格闘技界の重鎮、前田日明(まえだあきら)さんの自伝「パワー・オブ・ドリーム」に面白い話がある。
前田さんが、マーシャル・アーツ(アメリカのプロ空手)の王者であり、世界の格闘技界にその名を轟かせるドン・ナカヤ・ニールセンと戦った時、前田さんはニールセンのパンチを顔面に受けた後のことを全く憶えていないという。勝利し、空手の師匠を愛車ポルシェに乗せて運転している時、不意に我に帰り、「あれ、俺、何してるんだ」と言い出す。試合のことも全く記憶になく、自分の試合をワクワクしながらビデオで見たという。
ただ、ラグビーなどの激しいスポーツをやってた者なら、こういった経験を持つ者は割にいる。
神のような存在や天使と逢った時の記憶も普段の記憶と違う。
それは、もしかしたら1/100秒とか、もっと短い時間に起こることかもしれない。よって、表の意識ではほとんど憶えていない。しかし、「いま、素晴らしいことがあった」という不思議な確信がある。そして、その時のメッセージは、意識の奥深くに刻まれている。
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