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2008.05.27

いい女は憎まない

美容製品やサービスの宣伝に疑問を持つことが多い。
化粧品、シャンプー、エステなどのテレビCMには、女性人気タレントやモデルが登場するが、「オンナに知性は不要!」「オンナの価値は男の数」とでも言いたげなものがやけに目に付く。
まあ、それは置いておいて(笑)。

女性に限らないが、特に女性には、人を憎まないことをお薦めする。マジで心から。
憎むと言ったらややおどろおどろしいが、恨むとか、嫌悪するとか、気に入らないと思うとかも同様である。
なぜこんなことを言うかというと、人を憎む女性が醜くなる様は恐るべきものであるからだ。
私は女性によく恨まれる。誠実そうに見えて浮気性だし・・・いや、何でもない^^;;
で、かなり恨まれてるなと感じた頃、その彼女と顔がぱったり合った時、心底ぎょっとすることがよくある。もはや醜悪と言えるほどなのである。これではどんなモノ好きも寄ってはこまい。これでも、つい最近までは美人であったのだ。

もちろん、それなりの理由で人を憎んだり恨んだりすることもあると思う。しかし、大概はしょーもない理由で人を気に食わなく思うものだ。ジャイアント馬場さんは「もめごとってのはヤキモチから起こるんだ」と言っていたが、それはまだ大人の場合で、若い女性の場合は自惚れから人を憎むことが多いように思う。
そして、分らぬでもない理由で恨んでいる場合でも、醜くなるということはあまり変わらない。
父親を毛嫌いしている女の子も、若いからそれなりに魅力があるにせよ、本来の1/10であろう。身体だけ魅力がある場合には、ロクな男は寄ってこない。

人を嫌ったり恨んだりすると、容姿が確実に醜くなるだけではなく、自分が無力に思えてくるし、気持ちも後ろ向きになる。さらに進むと、自分は不幸で不運と思うようになり、抑鬱状態になりかねない。
なぜかというと、人は定期的に、人生に意味を見出し、世界が美しいものであることを知ってエネルギーの供給を受けないと、バッテリ切れのような状態になるからだ。
それは、ロマン・ロランが芸術の目的であると言う大洋感情であり、心理学者マスローの至高体験であり、夏目漱石の天賓である。イェイツが芸術の目的と言うエクスタシであり、岡本太郎の爆発だ。エリオットやドストエフスキーの作品にも度々現れる、人間が光に触れる瞬間である。
それに関して、20世紀最大の詩人イェイツもいくつかの詩で語っている。奇跡のような歓喜に満ちた平安。自由の感覚。壁にかかった絵は語りかけてくる。この上ない至福の状態である。ドストエフスキーは作中の人物に、この5分と引き換えに全人生を差し出しても良いと言わせている。
だが、マスローは、それは偶然に訪れるのを待つしかないと言った。
イェイツも、それを起す方法は分らないとしながらも、人を憎むのをやめた時に起こりやすいと言っていた。イェイツは言う。「我々に愛することはできない。愛は神の領域のものだからだ。だが、憎むのをやめることはできる。憎しみは人の領域のものだからだ」
憎むのをやめた時に大洋感情が起こりやすいということであるが、少なくとも、憎んでいる時は決して起こらない。

「マッチ売りの少女」や「フランダースの犬」が名作である理由は実は深いものがある。
アンデルセンは、マッチ売りの少女が、最後に美しいものを見たことを強く訴えていた。
ネロもまた、マッチ売りの少女と同様、微笑んで死んでいた。
2人とも、誰も恨まずに死んだのだ。だから、最後に見たものは美しかった。そして、死は2人を護った。
チン・ニンチュウの本に書いてあったが、著者の友人の男性がアメリカで、夜歩いていたらつけられているのを感じた。人気のない寂しい道で、彼は恐怖を感じた。彼らはギャングであったようだ。彼の殺害が目的であったことも間違いがない。彼は、「死は終わりではなく、新しい体験の始まりである」と思うと、恐怖が消えうせ落ち着いてきた。そしてギャング達と向き合った。彼が全く恐れていないことを見ると、ギャングのリーダーは彼と握手をして立ち去った。
ドストエフスキーは銃殺される3分前すら、敵を恨む暇はなかった。人生の残り3分を有意義に過ごさねばならない。彼は、最初の1分で過去を振り返り、次の1分で現在を思った。そして、最後の1分は未来に思いを馳せた。銃弾が発射される刹那、恩赦の伝令が届き、彼は助かった。
フランスのある絶世の美少女は、男に言い寄られるのが嫌で、修道女になり、そのまま清らな一生を送ろうとした。しかし、修道院への侵入者の男にレイプされ、悲観して自殺する。肉体を離れた彼女は天使達と修行するうち、地上での夫は誰かと尋ねられると、躊躇無く、あの男であると言った。作り話であるとしても良い話と思う。

いい女は恨まない、憎まない、嫌悪しない。別に誰彼好きになる必要はない。むしろ、特定の人だけを好きになるくらいなら、誰も好きにならない方が良いくらいである。
まあ、醜くなることが望みなら、人を憎むのは効果的な方法であることは確かである。

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Comments

おはようございます!

人間の顔って…どうしてこうも正直なんでしょうね~…
相手の”知りたく無い部分”まで丸見えで、
昔は、そのことについて本当に悩んだもんです…(今は平気です^^)

で、
>「我々に愛することはできない。愛は神の領域のものだからだ。だが、憎むのをやめることはできる。憎しみは人の領域のものだからだ」

この意味、解ります。
これが解った時、体感できた時、かなり自由になれました。^^

そしてそして…
浮気性が”良いもの”とは思いませんが(笑)
人間って不思議なもので(というか、世の中が不思議なのかな?)同種の者同士が惹かれ合う様ですね…。

でも、同種と言っても”浮気するもの同士”とか”ギャンブル好き同士”とか”意地悪者同士”とか…
そんな細かいグループの事ではなく(笑)もっと大きくて単純な呼び名のグループのことなんですけど…
あぁ~それにしても、Kayさんの所に来ると朝から気分が良いです♪>_<
暢気に空を見上げて草っ原に寝そべっているような感覚です。笑


Posted by: りば^^ | 2008.05.28 09:32 AM

★りば^^さん
誰も嫌わない女性の顔はきれいだと思います。
こんなに簡単にきれいになれるのに、なぜエステなんか行くのだろう・・・と(笑)。
恋人を理解する女性ではなく、誰にでも同じように接してあげられる女性が最もビューティフルと思います。彼女は月のようなものですから。
浮気といいますか、不倫は良いものだと言った方もいます。
妻(夫)も恋人もいない不幸な人がいるのに、妻(夫)がいる上、恋人までいるなんで幸せじゃないか・・・ってね(笑)。ある意味、真実かもしれません^^;
褒めていただき、感謝感激です。今後は、やや狂気度が高まるかもしれません^^;

Posted by: Kay | 2008.05.28 10:06 PM

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