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2008.04.05

小説は不滅だ

本日はもっといかめしいことを書くつもりであったが、存外に軽いことを書く。
映画やドラマなら、ヒーローやヒロインは憧れの対象たるべき、美しかったりカッコいい役者が演じ、アニメでも、視聴者に素敵だと感じさせるキャラクターデザインと演出を施すのであるから、それなりにピュアな感覚を持っていれば、これら架空の人物に恋をしてしまうこともあるだろう。
ところが、小説となると文字情報しか無い分、不利な感じがしないでもないが、良く出来た小説であれば、実にドラマや映画やアニメ以上であるかもしれない。
もっとも、映画化やアニメ化された小説であれば、既にその映画やアニメを見ていれば、そのイメージの影響は大きく、その登場人物に対して感じる感情は、文章の力なのか、映像の力なのかが分からない可能性もある。
だが、私は、これはあきらかに小説の力であると思った作品がある。昭和40年に出たらしい、筒井康隆さんの「時をかける少女」だ。この小説を原作とする最近のアニメ映画作品や、もう20年以上も前のものだろうか、原田知代さんが主役の芳山和子を演じた、同タイトルの映画化作品は、原作とはストーリーがかなり違っていたということもあるが、小説を読んでも、これらの映像のイメージが浮かばない。そして、小説の芳山和子が素敵なのだ。小説の芳山和子は中学3年生である。今の中学3年生よりはかなり大人っぽく感じる。映画やアニメ映画の芳山和子が高校生であるのは、むしろ今の時代ではしっくりくるかもしれない。当時の中学生は今のように、携帯電話やテレビゲームやモバイル型ゲーム機も知らないのだが、全体としては世界はそんなに変わっていない。芳山和子も、今の中学生と根本的には変わらない。しかし、世界を、特に日本を覆う人々の精神はかなり異なる。当時は今ほど欲にまみれた時代ではなかったと思う。
まあ、それはともかく、この小説の芳山和子は魅力的だ。そうは見えないようだが、実は年下と分かった未来人、ケン・ソゴルに告白された時の反応が特に素敵だった。
映画やアニメの映像としての素晴らしさは否定できないが、細かな心理描写ではやはり小説には敵わない。
小説家の方は、恋させるほどの男女を見事に描いていただきたいものだ。
私は、本日、実にそんな感じを得た。「涼宮ハルヒの消失」の中の、普通の人間版の長門有希に対してである。もっとも、それは本来の長門有希との関係があってのものであり、この微妙な演出を表現する作者に敬服する。450万部は伊達ではない。
現在の進歩した映像作品も良いが、昔ながらの小説の役割は決して無くならないはずだ。

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