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2008.03.05

偉大さの種

偉大な仕事をした人物は、子供の頃やかなり若い時に、芸術的な大洋感情とか至高体験と共にインスピレーションを持つことが多いのではないかと思う。

「密林の聖者」アルベルト・シュヴァイツァーは、20歳の時には前途洋々な未来が約束されていたが、あまりの才知のため、将来の選択に悩んでいた。だが、それは、自分のことばかり考えているからであることに気付き、彼はこう決心する。それは30歳までは自分のために好きなことをするが、30歳になったら、世界のための奉仕の道に入ろうというものであった。そして、シュヴァイツァーは、学者、音楽家として成功し名声を得たが、若き日の誓いを忘れてはいなかった。しかし、だからといって、何をすれば良いのかは分からないまま30歳になろうとしていた。しかし、ある日、アフリカで医療サービスを受けることなく難病で死んでいく人々に関する記事を読んだ時、自分の進むべき道を知る。自分が医者になってアフリカの人々の治療にあたるという苦難を引き受けることにしたのだ。
シュヴァイツァーは30歳にして医大に入学し、38歳で医学博士となると、大量の治療機器と薬品と共にアフリカに赴き活動を開始する。第一次世界大戦時には、彼がいたガボンがフランス領であるため、ドイツ国籍であった彼は捕虜になり、ヨーロッパに帰還させられるが、自由になると、資金を集め、再びアフリカに戻り、90歳で亡くなるまで治療に励んだ。
シュヴァイツァーは、いかなる生命にも畏敬の念を持ち、医療実験のため、蚊一匹殺す時にも悲痛な表情を見せ、部屋の中にハエが飛んでいても決して殺さず、無傷で捕えて部屋の外に出すための工夫をしていた。

アーマンド・ハマーは、「セブン・シスターズ」と呼ばれる7大石油会社に次ぐ、8番目のメジャーと言われたオクシデンタル石油のCEOであり、その他、数々の世界的ビジネスを手がけた伝説的ビジネスマンである。彼は、オクシデンタル石油の経営にあたり、セブン・シスターズのスカートをまくるチャンスを狙い続け、それを実現した(本人の言葉)。
ハマーの父親は、炭鉱労働者であった23歳の時に医学校に入って医者になり、決して裕福ではなかったが、献身的で人々に慕われる医者として一生を送った。
ハマーもまた、コロンビア大学の医学部に入り、医者の道を目指したが、凄いことに医学生をやりながらビジネスにも励み、卒業の時には既に富を得ていた。そして、経済破綻をきたしたソ連の国民の惨状を知り、医療機器と薬品を満載した船でソ連に入り、医療活動を行おうとした。23歳のハマーは「青春は終わった」と宣言する。しかし、ソ連に入ったハマーは、当時のソ連最高権力者レーニンに会う。レーニンは若いハマーに助けを求める。「医者ならソビエトにもいるのだ。経済を立て直して欲しい」
社会主義国家の経済は悲惨だった。その原因は国民の活気の無さである。鉛筆を作る工場では、労働者は品質の悪い鉛筆をノロノロと作っていた。これが競争を排除した計画社会の姿であり、それで経済が成り立つはずがなかった。ハマーは貿易ビジネスに邁進し、自らも巨大な利益を得ると共に、ソ連経済の活性化に尽くした。
ハマーは、金儲けそのものにはあまり興味がないと言ったことがある。むしろ、儲け口があると他人に譲る場合が多かったとも言う。彼が語るビジネスの真髄とは、1つのビジネスを必ず次のチャンスに結びつけることであった。
彼はレーニン以降もソ連の最高権力者と交流すると共に、米国においてもニクソンからレーガンまでの大統領と親交を結び、冷戦時の東西の交流に尽くした。ただ、あくまでビジネスマンであり、ケネディ大統領から電話を受けながら、彼に伝えるべきメッセージのメモが見つからずに待たせてしまった時はかなり動揺したと言う。(結局、メモは見つからず、ハマーは記憶に頼ってメッセージを伝えた)
ハマーは人生の指針を7歳で立てたという。それは、「自分より優れた人々のために少しでも役に立つ」ことであったらしい。この「自分より優れた人」とは、自分以外の全ての人という意味と思う。

ところで、芸術家というのは、才能が宿命になっている場合が多くないだろうか?
音楽家であれば、幼い時にピアノを始めれば、何年も先にレッスンを始めている兄や姉をたちまち追い抜いたり、家の壁にいっぱいのラクガキをしたら、怒られずに、その見事な出来栄えを褒められたりとかである。
絵のレッスンを受けたこともない7歳の子供が、ダ・ヴィンチもかくやというほどの馬の絵を描いたりとか、どうも芸術には才能が必要なものであるらしい。
ところで、不意に芸術の神様が降りてきて、一瞬の天才になった人も確かにいる。
フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の作曲者など、誰も知らないと思う。この世界的名曲は、平凡な日曜音楽家が一晩の天啓を受けて作曲したものであるらしい。
最も有名なクリスマスキャロルと思われる「清しこの夜(Silent Night)」も、平凡な音楽教師が即興で作り上げた曲だ。
だが、このような天啓・・・神の魂に触れたような一瞬は、芸術家の間では広く知られていると思う。およそ世界的文豪で、このことに気付かなかった者はないくらいだし、彼らの多くは、作品の中でもこのことを書いている。夏目漱石は天賓と呼んだし、ロマン・ロランは大洋感情と名付けた。まあ、フロイトはリビドーの幼児的退行とか言っているが、彼の芸術観の歪みは有名なので気にする必要はないし、彼の後に研究を進めたマスローは、おそらくは大洋感情と同じと思われる至高体験に最大の価値を認めている。至高体験の起し方はマスローと親交の深かったコリン・ウィルソンの著作に多く書かれている。世界的芸術家を目指す方は参考になるに違いない。

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Comments

いずれの人も、うまく、その人の本質を短くかつ簡潔に言い当てていますね。
今まで、読んだ情報と少し違う視点が、とても眼を開かせました。

眼からうろこが落ちると言うのは、こんな感じかも知れません。

素敵なブログですね。

Posted by: 佐藤俊介 | 2008.03.06 at 12:49 PM

佐藤俊介さん、コメントありがとうございます。
もったいなきお言葉、恐縮です。
佐藤さんのブログは、雄大、爽快、浪漫ちっくですね。思わず見惚れました。キモいオタクの私とエラい違いです(笑)。
私の記事は、記憶だけを頼りに書きましたので、不正確な部分が・・・ないとは言えません^^;

Posted by: Kay | 2008.03.06 at 09:46 PM

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