芸術家で食っていくのに必要なこと
よく、「芸術では食っていけない」という話を聞きます。実情も大方がそのようです。
しかし、これはおかしな話であることに気が付きます。
芸術家が食っていけないなら、例えば、私のようなコンピュータソフト開発者は食っていけるのでしょうか?別に、最初から食えるようになっているわけではありません。食えるようにやれば食えるし、食えないようにやれば食えません。
大変な技術のあるコンピュータソフト開発者でも、それで食えていない人はいます。
芸術家でも大金を稼ぐ人もいます。
ただ、コンピュータソフトでは食えるようにやっている人が芸術家より多いというだけの話です。
ところで、画家や彫刻家全てが芸術家というわけではないのですが、ここでは敢えて、全て芸術家とします。
芸術家で食えた代表はアンディ・ウォーホールと思います。彼は金が稼げるようにやりました。一方、食えなかった代表はヴァン・ゴッホです。岡本太郎さんは、時代がゴッホについていけなかったので食えなかったとよく著作に書かれています。それは1つの見方として正しいのだと思いますが、斎藤一人さんのような超一流の商売人では、見方が異なるようです。私も、ゴッホは絵が売れないようにやったので売れなかったのだと思います。
ウォーホールは、元々がお金持ちになることを目指していました。
ではゴッホはどうかというと、やはり絵が売れてお金になれば良いとは思っていたようです。その生活や制作のための費用は弟のテオに一切を負っていましたが、それはいつかは返したいと思っていたようですし、一頃は仲が良かったゴーギャンの絵が売れることに嫉妬というほどではないかもしれませんが、複雑な感情を抱いていたように思います。ゴーギャンと同じくらいの値段で自分の絵も売れるべきだと考えていたようなのです。
「引く手数多(あまた)のダイヤモンド」という言葉があります。
どうも特に日本では、能力さえあれば、お金を払う力のある者が「放っておかない」という奇妙な考えが蔓延しているように思えてなりません。いくら能力があっても、それだけでは「引く手」が来たりしません。
以前、歌手の中森明菜さんが所属事務所を解雇され、引退の危機であると報じられたことがあります。しかし、その後、明菜さんはちゃんと活躍しています。これを、「明菜さんなら、放っておかれないさ」と考えてはいけません。明菜さんでも、何もしなければとうに消えて忘れられていたはずです。別に今の芸能界、明菜さんがいなくてどうということはありません。昔のファンは多いでしょうが、彼女の17歳の時の輝きを愛でていたという場合には、今の彼女にも好意は感じるでしょうが、大枚をはたくわけではないでしょう。彼女は、新たな価値を提供しなければなりませんでしたし、それを売り込む必要もありました。しかし、明菜さんが解雇された後にやった涙ぐましい努力は全く見えないか、無視されてしまうのです。
本格的な画家には、商用イラストレーターと一緒にされては困ると考えている人も多いように思います。あのノーマン・ロックウェルでさえ、雑誌表紙などを描いていたことでアメリカの画壇から冷たくされていたと聞きます。どうもこのあたりの考え方が、食えない画家が多い原因の1つと思えます。
画家に限らず、音楽家でも、腕は凄いが食えない人がいれば、腕の方は同じようなレベルの者が沢山いるにも関わらず、一人だけ大儲けしているように見える人もいます。
誰とは言いませんが、別に美大を出たわけではなく、また、美大を出たような人から見れば、大したことない腕前でも人気イラストレーターとして売れまくっている人がいます。
この違いは何でしょうか?
昔、天才写真家アラーキーこと荒木経惟さんが言ったらしい言葉をよく憶えています。
「時代にひれ伏せ!黒子に徹せよ」
これはごく一部ですが、芸術家が金を稼ぐ鉄則と思います。
また、多分、自己啓発分野の事業家であるポール・マイヤーが言ったのだと思いますが、「人間の全ての活動はセールスである」と言う言葉も重要です。
(サッカーJ2のサガン鳥栖は、以前、鳥栖フューチャーズというチーム名でしたが、さらに以前はPJMフューチャーズでした。このPJMこそ、ポール・J・マイヤーのことでした)
億万長者のアンディ・ウォーホールは大変なビジネスマンでしたが、それは優秀なセールスマンであるということです。アラーキーもそうだと思います。セールスとは、いわゆる喋りが上手いだけでは成果は上がりません。顧客のニーズを正しく掴み、顧客にメリットを感じさせ、商品たる芸術品の価値を納得させなければなりません。昨今の絵画売買で見られるいかがわしいセールス手法は嘆かわしい限りですが、あんなものが長続きするわけもありません。
私はソフトウェア開発者であるといっても、半分はセールスだと思っています。だから、楽をして高給を取れるのです(笑)。
特に日本では、セールスマンというものを軽く見る傾向がありますが、これは残念なことです。もっとも、保険のCMのセールスマン像は、さらに歪んだセールスマンのイメージを与えているように思えてなりませんが・・・。
現役の世界的美術家である横尾忠則さんは、著書で、企業との打合せをいかに綿密に行うかを強調しておられたように思います。
腕はあっても、金を稼ぐ能力に欠けていては食っていけません。自分にその能力がなければマネージャを雇えば良いのですが、その場合はマネージャとうまくやっていく能力が必要です。あるいは、マネージャに、芸術家を使いこなせる技量があれば良いのです。
腕があるのに食えない人が食えるようになることは、経済にも良いと思います。いまや大量生産・大量消費の時代ではありません。真に価値あるものを提供し、それを正しく売れることは、実体のある骨太の経済を作る基本であるように思います。
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Comments
今回は、語部の印象が違ったような・・
新たな一面を拝見できました^^
商売においてプロデューすする人物の器は、その後を左右します
誰と組むか・・・
今夜のセミナーにwで・・
Posted by: ヒデピョ~ン。。 | 2008.02.24 01:23 AM
私は基本的にビジネスマンです。あまり上手くない部類の・・・^^;
Posted by: Kay | 2008.02.24 10:23 AM