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2008.02.28

看板娘の考察

「看板娘」というのは、商品に自信がないか、もしくは、商品そのものにライバルとの際立った特徴が無い時に、若い女の子の性的魅力を利用して(当然男性の)客足を引き寄せ、さらに販売達成を狙うというものと思う。
看板娘に直接に販売させるという効率案もある。例えば、「花売り娘」がそうであろう。
さて、花売り娘と聞いて思い浮かぶ姿はどんなものであろう?
おそらく、軽やかな服装の西洋のお嬢さんではないかと思う。年齢は二十歳未満で、下は12歳くらいからといったところと思う。一番人目を引きやすい、つまり、女性が一生で一番美しい頃である。
ところで、あまり日本の着物を着た花売り娘は想像できないのではないだろうか?日本に花売り娘なんてものが現れたのは、せいぜいが明治時代でも西洋化されたような街だったのではないだろうか?
では、それ以前、日本では花は売れなかったのだろうか?
ところが逆で、庶民でも花をよく買い、花売り商売は結構盛んであったのだ。そして、可憐な花売り娘がいなくてもそうだったのである。
西洋では昔、花を買うのは富裕層であった。よって、定期購入を勝ち取るために、お金持ちのおじさんに、若くて可愛い花売り娘を向かわせるのが効率的だったのではないだろうか?
そういえば、昔のアニメの「ラ・セーヌの星」では、シモーヌという15歳の超美少女は花屋の看板娘で、配達も彼女が行っていたが、うなづける話である。それでこそ、注文が沢山来るというものである。
ある日、ド・フォルジュ公爵から、シモーヌの店に花の注文がある。注文は毎日出すという。公爵は初老の一見品の良い貴族であるが、さぞやスケベなおっさんではないかという懸念が湧く。
花を届けにいったシモーヌは、屋敷の中に招き入れられる(やはり!)。不審に思いながらも、やむなく応じるシモーヌ。そして、シモーヌの悲鳴と共に、シモーヌの下着姿が・・・。いえ、脱がせたのは侍女達で、フェンシングの練習着に着替えさせるためだったのであるが(笑)。彼女は、公爵に剣の手ほどきを受け、やがてラ・セーヌの星を名乗る女剣士にになるというものであった。

話が脱線したが(し過ぎだ)、日本人というのは、昔は、貧しくても花を買う習慣があり、それは西洋人を驚かせたようである。そして、花は花として愛でたのであり、別に髪に刺して男を誘惑しようなどという不純な目的でもなかった。
このように、特に生活に関係のないものでも、他には小鳥を育てるといったことも日本人は行っていた。
日本人は、貴族や金持ちでなくても、風流を愛する雅な性質があったのである。
伝統的に、日本の芸術は非常に微妙な味わいがあり、西洋の絢爛さや、中国の整然さとも全く違う。現在のアニメでも、いかにアメリカや韓国がアカデミックに対抗してきても、日本の作品の中にある、細部の微妙な味わいはやはり真似のできるものではないと思う。

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Comments

今夜は、飲み会でただ今帰り着きました
とりあえずwで行っときまぁ~す

Posted by: ヒデピョ~ン。。 | 2008.02.28 at 11:54 PM

おねいさん付きでしたか?(笑)

Posted by: Kay | 2008.02.29 at 09:56 PM

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