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2008.01.05

サウンド・オブ・ミュージック

先日、BS放送で、野外ミュージカルの大ヒット映画「サウンド・オブ・ミュージック」が放送されていた。
私は、幼い頃から、この名作の誉れ高い作品にひどい違和感を憶えていたものだ。あまりに作り物っぽく作為的に感じられたのである。
まず、トラップ大佐のコミカルなまでの厳格さだ。子供達を笛で呼ぶなど、賢明な人間がするはずがない。狂人が子供を育てていたという時点で、この物語は終わったはずだが、誰もそれに気付かなかったのだろうか?

次に、トラップ家の子供達の異常なまでの無垢さ、清浄さだ。
長女のリーズルは16歳であるが、まるで清純可憐な乙女である。1つ年長のロルフと恋仲なのであるが、これがまたあまりに可愛いらし過ぎる嘘っぽい子供の恋愛である。“Sixteen going on seventeen”(もうすぐ17歳)という歌の「きみのページはまっさらだ」なんてセリフは13歳の女の子になら似合いそうな気もするが、思わず苦笑したくなる。リーズル役のジャミアン・カーが実際は18歳ということもあるが、非常に大人っぽく、色っぽいとさえ言えたのでなお嘘っぽい。
他の子供達も幼過ぎる。まるで天使を演じているのが露骨であり、どうにも気味が悪い。
主演のジュリー・アンドリュースの歌は掛け値なしであるが、実力を見せ付ける歌いっぷりは、この作品には似合わない。同じ野外ミュージカルの大作「ジーザス・クライスト・スーパースター」でも、イエスもユダもマリアも歌は素晴らしかったが、あの歌はあくまでセリフ代わりであった。しかし、こちらはマリアが普通に歌っているという設定が大半であったはずである。
マリアも22歳の設定であるが、アンドリュースは実際には大スターの貫禄たっぷりでもある29歳。役柄通りの天真爛漫な女の子には見えない。主観であるかもしれないが、スターのいやらしさの方が目立ってしまっていた。
修道院長役のペギー・ウッドも72歳にして神をも恐れぬ絶叫の歌は素晴らしかったが、ハレルヤはもっと厳かに歌うものだ。
トラップ大佐のエーデルワイスも清々しさの欠片もないアル中のオッサンの歌にしか聞こえなかった。

私の感覚が正しいと分ったのはわりに最近だ。
ご存知の通り、この物語は実話に基づいており、マリアは1987年まで生きていた。
この映画でのトラップ大佐のキャラクターはデタラメであり、マリアは抗議したようだが無視された。
マリアはトラップ一家の物語を書いたが、彼女は作品の権利を売り渡していたので、法的には意見を言う立場になかったのである。
物語自体も、マリアの著作とは全く異なる非現実的なものになってしまっていた。早い話が、この映画は利益追求のみを目的として製作されたと言って良い。
何も真実の伝わってこない映画なのである。
マリアやその子供達の感情を無視して悲しませた映画であることは認識した方が良いだろう。

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