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2008.01.25

芸術は宗教とエロスの下僕である

人類の歴史において、宗教と芸術には深い関係があることは間違いないと思う。
コリン・ウィルソンは「芸術は宗教の下僕」と言ったが、確かにまずは宗教が先であったと思う。その宗教を彩る目的や補助として芸術が生まれたが、宗教本来の目標を宗教がなしえないことで、芸術が宗教の役割を受継いだ部分も大きいと思う。

宗教の発生は、埋葬の習慣に関係すると思われる。つまり、死というものを考察することで、目に見えること以外のものの存在を意識し始めるのが宗教の起源と思われる。目に見えないのであるから、単なる心の産物であり、幻想であると言えるかもしれないが、逆に言えば、死を意識することで、人類は幻想を持つに至ったわけでもある。
フロイトは、本能が壊れることでその代替物として心が生まれたのだが、自然に根ざさない心は幻想であると言った。しかし、私は、やはり死を意識することから宗教的な幻想が生まれたのであると思う。そもそも、人間の本能は壊れていない。

埋葬の習慣は、現世人類以前の人類であるネアンデルタール人が既に持っており、埋葬に際して花をたむけたと思われる証拠もあるらしい。
ネアンデルタール人は3万年以上前に生存した人類で、以前は、現人類の祖先と考えられていたが、遺伝子科学の発展によりそれは否定されており、絶滅した人類とされている。
ネアンデルタール人と一部生存期間が重なるクロマニヨン人は、現人類の祖先であると考えられているが、クロマニヨン人は死者を丁重に葬っただけでなく、ネアンデルタール人と違い、壁画や彫刻も残している。クロマニヨン人が描いたと言われるラスコーの壁画は大変に見事で、少なくとも私よりはるかに上手い(笑)。
ところで、かなり古い時代の壁画などにも、エロチックな場面を描いたものがよくあるらしい。バタイユによると、エロスというものは死の概念を持たないと発達しようがないものらしく、人間以外の動物には、死の認識がないのでエロスを持つことはできないようである。そういえば、「逝く」というのは死ぬという意味であるが、性的エクスタシを指すこともある。かなり昔から、洋の東西を問わず、性的エクスタシをなぜか「死」と関連付けることは自然に行われ、特に女性がよくその時に「死ぬ」と叫ぶことは一般的だ。

エロスは、芸術同様、宗教の下僕、あるいは子供であろうか?
ことによると、エロスは宗教とすら同格であるかも知れず、芸術は宗教の下僕であると共に、エロスの下僕であるかもしれない。
宗教芸術にもエロチックなものは数限りない。ミケランジェロの彫刻「聖テレサの法悦」では、若く美しい聖テレサの表情は宗教的法悦を示しているが、これをエロチックに感じない人はいないと思うほどであり、やはり宗教と芸術とエロスには強い関係があると確信する。

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Comments

お坊さんにエロ坊主と言う言葉があるように宗教を極める人には、そん素質が必要だったのかもしれませんね(笑い
ちょっと当て付けになってしまいましたが・・^^;

今夜のセミナーにWで・・・

Posted by: ヒデピョ~ン。。 | 2008.01.26 at 12:21 AM

聖職者にエロが多かったことは間違いありません。
土台、人間が聖なるものを求めるのが不自然ですので、その正反対に突き進むわけです。
私も、聖なるものを求めておりまして(笑)。

Posted by: Kay | 2008.01.26 at 10:15 PM

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