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2007.12.04

電脳ロマン

1950年代に描かれた「鉄腕アトム」の原作では、アトム誕生は2003年であったらしい。当時は、21世紀には、民間人が他の惑星に出かけ、地球内でも、自動車は空を飛ぶと空想されていたのだから、アトムだって出来ると考えたかもしれない。それも、一般庶民だけでなく、科学技術のそれなりの専門家ですら、ある程度、そう信じていたのではないかと思う。
アトムの主要スペックをあげれば、原子力エネルギーで動く10万馬力のボディーに、足には高速・長時間飛行可能なジェットが装備され、しかも宇宙空間ではロケットに切り替わるというものだ。(最初、アトムはジェットのまま宇宙空間を飛行したが、それは不合理であると指摘を受け、このロケット切替方式となった)

アトムは21世紀であるが、アトムのテレビアニメが開始された1963年に、アトムに対抗するために企画されたのが、伝説的ロボット漫画「8(エイト)マン」だ。8マンはアトムと違い、1960年代のままの設定である。アトムと比べ、性能は控え目(?)で、やはり原子力エネルギーで動き、音の10倍の速さ(!)で走り、10万キロワットの電撃を放射し、人工皮膚を変形させ、どんな人物にでも変装できる(関節を調整して小柄な女性にすら化けられる)。

ところで、アトムにしろ8マンにしろ、そのスーパーボディに優るとも劣らない驚異は、人間並み(あるいはそれ以上)の働きをする電子頭脳である。
コンピュータ技術は確かに驚異的に進歩したが、現在でもそのようなものはまだまだである。しかし、21世紀のアトムはまだいい。「50年先だ。何とかなってるさ」で済む(笑)。
しかし、8マンは1960年代そのままなのだ。その頃は、数百本の真空管を使ったコンピュータから、ようやくトランジスタを使ったコンピュータの時代となったが、アポロ計画のおかげで集積回路(IC)が発達するのはまだこれからだった。1969年に人類初の月面着陸を果たしたアポロ11号のコンピュータは当時としては先進的なICが使われていたが、今から20年前のパソコンにも遠く及ばない性能だったのは間違いない。
人工知能という言葉は、1956年に数学者のジョン・マッカーシーにより提唱され、マッカシーは1959年に人工知能の記述に適していると言われるプログラミング言語Lispを開発したが、1980年代においてすら、Lispの性能を十分に発揮するには超高価な大型コンピュータが必要だった(Lisp言語は、現在、その素晴らしさが見直されつつある)。
1963年頃の8マンの電子頭脳は、このように、まだいくらかの具体的考察ができるだけに驚異であるが、また、同じ理由からロマンを感じるように思う。
そして、1963年に、8マンでは、電子頭脳の難しさが認識されていた点でも面白いのだ(原作者の平井和正氏の洞察力は大したものだと思う)。
アニメの8マンで、原作漫画にはないお話であるが、原作者の平井和正氏自身が脚本を書いた「決闘」という話がある。これは、8マンを作った谷博士の息子ケンが、谷博士の母国アメリカ(アニメではアマルコという架空の国名になっていたが)で、ゴール博士によりスーパーロボット化され、8マンと決闘するというものだ。8マンはケンを生かすため、自分が死ぬことを決意する。8マンとケンの性能は等しく、戦えば両方滅ぶと判断し、それならせめてケンを救おうと思ったのである(涙)。しかし、谷博士は、8マンにケンの弱点を教え、8マンは勝利し、ケンは死ぬ。ゴール博士は、8マンのような電子頭脳を作ることができず、ケンの脳をロボットに移植したのだった。
また、ソ連(アニメではソラリア連邦)の科学者デーモン博士は、自分こそ世界最高の科学者と自認し、谷博士にもライバル心を燃やしていたが、8マンの電子頭脳だけは「さすがのわしにも作れなかった」と言わせている。
谷博士は、いかなる技術を使って1960年頃に電子頭脳を開発したのか、実に興味深い(妄想だ)。尚、8マンは、超古代文明のテクノロジで作られているという話もあるようである。谷博士は、それを発見したというわけである。ならば、デーモン博士も引け目を感じる必要はなかったわけだ。
8マンの正当な続編である「8マンインフィニティ」(2002年~)では、新型8マンである8マン・ネオ(正式名称は8th)などのマシナリー(機械装置という意味だが、極めて高度なロボットのような意味で使われている)の頭脳は量子コンピュータとされている。量子コンピュータは現在はまだ存在しないが、従来のコンピュータとは比較にならない性能を持つとされている。谷博士は、超古代の地球に存在した人類が発明した量子コンピュータのテクノロジを発見したのかもしれない。

人工知能も、何らかの分野に特化したエキスパートシステムのようなものなら、かなり実用されている。しかし、これらエキスパートシステムにはない人間の勘や閃き、インスピレーションと呼ばれるものは偉大だ。そして、多くの発明、発見、そして芸術も、このインスピレーションに負っている。
勘、閃き、インスピレーションにもある程度は論理的な部分もあるが、神秘的としか思えない部分もまだまだ多いと思う。
まずは、人間が自分の脳をどれだけ使いこなせるかが問題ではないかと思う。現実には、いろいろつまらない理由で、そのパフォーマンスを殺してしまっていることも多い。
アーサー・ケストラーのように、人間の脳は魚類や爬虫類の部分を持ち、その影響を免れない出来損ないと言う者もいる。
しかし、NLP(神経言語プログラミング)の創始者リチャード・パンドラーは、人間の脳は正しく使えば素晴らしいものであり、脳は、私の一番のお気に入りの遊び相手と言っていた。
学校で教育されると、脳は悲劇的なまでに破壊されると思うが、その被害を免れ、正しく知性を育てることで、多くの問題は解決できるかもしれない。

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Comments

今夜のアップkayさんのネタを少々使わせてもらいました
お許しあれ^^;

今夜のセミナーにWで・・・

Posted by: ヒデピョ~ン。。 | 2007.12.05 at 01:28 AM

私も、あちこちでネタをパクっては、百年も前から知ってたような顔で偉そうに書いています。
これ、即ち厚顔無恥とか・・・^^;

Posted by: Kay | 2007.12.05 at 09:48 PM

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